441.子犬にとって最悪の飼い主
嫌な思い出を振り切り、リリンに丁寧に挨拶をする。シャイターンを抱いたリリスと腕を組み、収納空間から取り出した檻に入れたアスモデウスを連れて転移した。
中庭でリリスが「もう少しゆっくりしたかったわ」とぼやくので、今度は手土産を持っていこうと約束した。ルシファーの言葉に気をよくしたリリスが頷く。そこへ、友人マーリーンと手を繋いだイヴが帰ってきた。もちろんイポスの護衛付きだ。
「パッパ、ママ……この犬なぁに?」
「これから飼い主を探すんだ。魔王城では飼えないぞ」
「いいよ、ヤンがいるもん」
ここに元獣の王フェンリルがいれば「我は犬ではありませぬ」と定番のツッコミを入れるところだ。残念ながら、彼は同族に生まれた子狼の世話で休暇中だった。
「ヤンは狼、これは犬だ」
「名前は?」
「アスモデウスという」
迎えに来たベールが目を瞬き、じっくりと檻の中の子犬を眺める。微かに残った魔力はアスモデウスに酷似している。だがこんなに少量ではなかった。何より、まず犬ではないのだが。
「陛下、これはアスモデウスですか?」
「ああ、リリンにほとんど吸収された残りだ。自我は残ってるらしいぞ」
「はぁ」
ベールらしからぬ間抜けな返事は、それだけ驚いた証拠だろう。何度も瞬いては、じっくり犬を観察している。焦茶の毛皮を纏う子犬は、キャンキャンとうるさく鳴いた。しつこいくらい鳴く犬は臆病だというが、果たして彼に当てはまるのか。
「アスタロトに渡しましょう」
恐ろしい結論を引き出したベールの口元が、にやりと笑みを浮かべる。抹殺されてもいいと思っているらしい。むしろ、二度と会わずに済むならそれもよし! と考えていた。
「あらぁ、揃って何してるの? っていうか、その子犬……生意気そうね。鼻に皺寄せて唸るなんて、一万年早いのよ!」
辺境の見回りが一段落したベルゼビュートが、むすっとした顔で子犬に突っかかる。正体を知らなくても、気に入らないようだ。知らせずに誰かにくれてしまおう。そう考えたルシファーだが、ベールは違った。
「ベルゼビュート、この子犬……アスモデウスです」
「は?」
何バラしてんだ! 抗議を込めたルシファーの視線を流し、ベールは焦茶の毛皮を指差した。
「アスモデウス? あの? 卑怯で狡くて生き汚い、アレ?」
そこまで否定するのもどうだろう。一応実力者だったんだぞ。そう思うが、ルシファーも反論や擁護の言葉が見つからなかった。何しろ、すべて事実なのだ。
「魔の森の奥へ捨てちゃいなさいよ」
すぐに強大な魔力を持つ魔物に食われるだろう。捕食系の魔物は言葉も意思も関係ない。ただ肉として食べられるかどうか、判断基準はそれだけだった。過去のアスモデウスならともかく、数時間で魔物の腹の中だ。確証があるのに、捨てるのは気が引けた。
「海へ投げ込む手もあります」
ベールはさらに酷い。溺れて来いとばかり、沈めるつもりだった。
「噛まれて引き裂かれて息絶えるくらいでいいのよ!」
「溺れるのも苦しいはずですが、確かに簡単に死なれても腹が立ちます」
恐ろしい相談を始めた部下をよそに、イヴの耳を両手で覆うルシファー。もちろん結界で音を遮るのは忘れない。同じ結界内で、イポスも娘マーリーンに同様の仕草をした。
「子どもがいるんだぞ。物騒な話は向こうでやれ」
「これは失礼いたしました。では、こちらの子犬は私どもで処分いたします」
「処分するな! 誰かに預けてこい」
心配になるが、本当に実行はしないだろう。そう考えたルシファーは甘かった。数分後、漆黒城の真っ黒な床の上、檻に閉じ込められたアスモデウスの鳴き声が響き渡る。
「いいザマですね。安心してください、このまま飼って差し上げますとも……ええ、死にたくなるまで」
ころんと腹を見せ、死んだフリをするアスモデウス。恨むなら、過去の己の行いを対象とすべきだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます