440.キャンキャン鳴く焦茶の子犬
大歓迎するリリンだが、見回した周囲にアスモデウスはいない。まだ届いていないのか。もしくは、本当に食べてしまった?
「えっと……その、アスモデウスを見なかったか?」
どう尋ねようか迷った末、ルシファーは無難な質問を口にした。シャイターンを抱いてご機嫌のリリンは、きょとんとした顔で首を傾げる。少し考え、答えを口にした。
「あれは私が吸収すべき残り」
どう聞いても、アスモデウスを吸収して食べます……だった。そう聞こえるのだから仕方ない。一応意思がある存在なんだが、魔王としてどう振る舞うのが正しいのか。
「ルシファー、迷うことない。あれは眠って逃げた。本当は吸収するべき」
抱っこしたシャイターンに髪を握られながら、リリンは続けた。
「だからルキフェルを作った。でもルシファーと仲がいいから諦めたの。レラジェも同じ。だけど、今度はダメ」
リリンの説明は分かりにくい。通訳を求めて、腕を組んだリリスに視線を向けた。彼女はあっさりと説明する。あのリリンの話から想像も出来ないほど、豊かな内容だった。
「魔の森が大公達を生んだのは、魔王を作るためだったの。でもルシファーがいるでしょう? だから大公は全員吸収予定だったのよ」
当初は魔王の試作品である大公を、すべて飲み込む予定だった。その後改めて側近なり仲間なりを生み出せばいい。リリンはそう考えた。しかしルシファーは、大公達と親交を深めていく。幼い姿のルシファーを支える姿を見て、三人の大公は残された。
だが、ほぼ同時期に生み出したアスモデウスは別だ。彼はルシファーやアスタロトと対立した。回収しなくては危険だとリリンは考える。動き出そうとした時、アスタロトが呪われた。
リリンが創り出した世界に侵入した、他世界の不純物――そちらの対応に気を取られる。お気に入りのルシファーを傷つけぬよう、リリンは呪いを押し込めた。一番相性のいいアスタロトが吸収して封印することで、ようやく落ち着いた時……アスモデウスは眠りについていた。
逃げられたのだ。意思がない状態で吸収しても意味がない。よその世界から入り込んだ呪いは、アスモデウスが呼んだのでは? リリンはそこまで疑った。実際は、ただの偶然だったらしい。
「だいたい理解したと思うが、アスモデウスは完全に消滅するのか?」
「違う、残る」
長く世界に存在し過ぎた。干渉し、世界の一部になっている。魔力を回収するが、自我は放置するのだという。その曖昧さに唸るルシファーへ、リリンは焦茶の子犬を差し出した。
「これ、アスモデウス」
「……は?」
「魔力ない、アスモデウス」
繰り返され、ようやく状況を理解する。アスモデウスはすでに魔の森に魔力を返還し、意思が宿った小動物になっていた。
キャンキャンと鳴く子犬は、さほど脚も太くない。大きくはならない種類だろう。元々口が悪くて余計なことばかり吐き出す奴だったが、子犬となれば話は別だ。
「魔力はほぼないが……魔物程度か」
「意思の疎通、できる」
リリンはにっこり笑った。ぎりぎり魔族の範囲に留めたらしい。魔力を回収したリリンは機嫌がよく、ルシファーに抱き付いては笑った。
「飼い主を見つけるか……アスタロトのところは免除してやる」
飼い主と言った途端、悲鳴のような声で抗議するアスモデウスへ、ルシファーは優しく付け加えた。これ以上の温情は望まないのか、大きく尻尾が左右に揺れる。本当にただの子犬になったのか?
「うちで飼う?」
「ダメだ」
リリスの言葉を、絶対の意思を込めて拒絶した。他の望みなら叶えるが、これは断固拒否する。そんなルシファーの姿に、リリスは苦笑いした。過去に何があったのかしら。
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