432.根回しが出来ないタイプの魔王

 真剣な顔で、魔王が宣った。


「弟を義息子にしようと思う」


「いいんじゃないっすか」


「反対しません」


「僕は賛成、今までしなかったのがおかしいよね」


 アベル、ベリアル、ルキフェルはそれぞれに仕事をこなしながら、ルシファーに返事をした。両肘を机について、真剣に悩む姿を見せる魔王だが、周囲は見慣れている。この姿勢のときは、大して重要ではない案件で悩んでいるのだ。


 過去の経験から側近や侍従長は学んでいた。いつもならアスタロト大公がツッコむ場面だが、彼は妻の出産休暇中である。アベルに言わせると「福利厚生がしっかりしすぎてて、申し訳ないくらいっす」となるらしい。日本とやらは、よほど厳しい世界だったのだろう。


 考えが逸れたことに気づいたルシファーは、作り上げた書類に署名して押印する。処理済み書類を持ち帰るアベルに持たせた。


「これで決まりだ!」


「あ、陛下。これは重要案件なので、おそらく大公様全員の署名と押印が必要です」


「え? どうして? オレだけでいいじゃん」


 いつもは大公の過半数である3人の署名を、自分一人で終わらせる。ならば、逆に考えたらオレが署名したら、全員の賛成になるはずだ。よく分からない理論を振り翳したルシファーへ、呆れ顔のルキフェルが説明を始めた。


 その間に、ルキフェルは書類を指先で摘んで回収し、さっさと自分の署名を終わらせる。レラジェが魔王の弟だろうが息子だろうが、大差ない。魔王の地位は世襲制ではないのだから。


 もしイヴが最強なら、彼女が次の女魔王になるし、別の種族がトップに立つ可能性もあった。そもそもルシファーが負けなければ、現体制は維持されるのである。悩む必要はなかった。


 単にイヴにお兄ちゃんができるだけの話。そこでルキフェルが慌てる。


「リリスに相談した?」


「もちろんだ! 昨日の夜、お風呂に入った時に尋ねたぞ。いいんじゃない? と言ってた」


 たぶん、それ……ちゃんと聞いてない生返事だ。ルキフェルは溜め息を吐き、もう一度リリスと話すよう説得した。これを押し通すと、後で問題が大きくなる。


 ルシファーは首を傾げたが、素直に私室へ戻った。その間にベールが呼ばれ、ルキフェルと同意見で署名する。ベルゼビュートは呼び出された文句を言いながら、書類も読まずにサインした。いつも通り汚い文字だが、解読不能で真似出来ない点で、サインとして優れている。


 ルシファーが怪訝そうな顔で戻ってきた。


「リリスが、昨夜の話を覚えてないんだ」


「やっぱり。で、許可は取れたの?」


「ああ」


 一緒に暮らす話も出たので、その辺はレラジェに確認する。あれこれと決まっていく中、執務室の棚を整えていたベリアルが手を止めた。魔王妃である妻への相談がいい加減だった主君のこと、もしかして? いや、流石にそれはないだろう。自問自答しながら、彼は覚悟を決めて振り返った。


 もし聞き忘れていたら、大変だ。侍従長として、職務を遂行するべし! なぜか覚悟を決めて尋ねる。


「魔王陛下、まさかとは思いますが……いえ、絶対にないと思うんですけど」


 前置きが長くなるベリアルの様子に首を傾げる。


「どうした?」


「レラジェ様にご相談していますよね?」


 聞いた途端、ルシファーが目を見開いた。


「あ!」


「「あ?」」


 やっぱりと肩を落とすベリアルと、まさかと責める視線のルキフェル。見事に二人の声はハモったが、音階が全く違う。尋ね返すベリアルの声は高く、はぁ? と顔を顰めたルキフェルの声は地を這うようだった。


「レラジェに話してくる」


 飛び出すルシファーを見送り、ルキフェルは呟いた。


「あの人に根回しとか、絶対無理だ。アスタロトと正反対のタイプ」


 ベリアルは無言で頷いた。

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