425.箱を開けるだけの簡単なお仕事

 侍従のフルフルは、見た目の愛らしい魔犬族だ。二足歩行の犬といえば、分かりやすい。手は立派な肉球だが、器用に作業をこなす。侍従長のベリアルに命じられ、箱の開封作業を手伝うことになった。


 魔王陛下宛の大量の荷物は、収納から取り出され積まれる。倒れると危ないので、何回かに分けて開封することになった。

同僚と一緒に箱を開き、誰から届いたものか。中身は何だったかをリストに纏める。地味だが大切な仕事なのだ。


「コボルトって可愛いのよね」


 魔王妃リリス殿下のお言葉に、同僚と頬を染める。お綺麗で優しくて、多少やらかしの多いお方だが、人気が高かった。褒められたと感じ、尻尾が全力で左右に振られる。止まらないのは仕方なかった。


 その尻尾にイヴが興味を持ち、近づいて手を伸ばす。無造作に握る直前、魔王ルシファーが止めた。


「ダメだぞ、イヴ。触る時はお願いして「いいよ」と言われてから触るんだ」


 かつてリリスに同じ説教をしたな。懐かしく思いながら、なぜダメなのかも含めて教えていく。誰かの体に触れることは、互いを傷つける可能性があること。毒の汗を流す一族もいるし、棘がある種族も存在した。だから触れる前に声をかける。


 また大丈夫だと思って触れた部位が、相手の急所である可能性も考えなくてはいけない。獣人の尻尾や耳がそれに該当した。中には触れた瞬間、反撃してしまった事例もあるのだ。


「分かったか?」


「うん」


「なら、フルフルにお願いしてご覧」


 同僚が箱を開ける中、フルフルはイヴの練習台に選ばれた。光栄だと目を輝かせるフルフルへ、イヴは言葉を考える。


「尻尾、触りたいの。動かして」


「うーん、ちょっと違うな。尻尾に触りたいけどいいか? と聞いてみろ」


 動いてるかどうかは重要ではないはず。ルシファーの指導で、イヴはそっくり繰り返した。


「尻尾触るから、いい?」


 かなり省略されたが意味は通じる。フルフルは「はいどうぞ」と揺らして見せた。目を輝かせたイヴは手を伸ばし、再び父ルシファーに止められる。


「ありがとうとお礼を言おうか。それと、触れる時は優しくだ」


 危険がないようすぐ近くで指導するルシファーに頷き、イヴはゆっくり手を触れた。ふわりと柔らかな尻尾は、以前に傷心のアベルを癒した実績がある。イヴも幸せそうに笑顔を浮かべた。


「ありがと。かぁいいね」


 舌足らずな話し方になったが、イヴはご機嫌だった。そんな娘を前に「可愛すぎるだろ」と悶える魔王。照れるフルフルに同僚の「早く手伝え」の視線が突き刺さった。


 彼が仕事に戻れば、当然ルシファーも開封に付き合う。真っ赤な下着の上下セット……リリスとサイズが合わないな。一瞬で計測して首を横に降り、放り出した。


 続いて手にした箱から、細長い紐が出てくる。首を傾げて後ろへ投げた。あれか、リボン? なぜあんな物を送ってきたんだ。今度は綺麗に包装された袋を開ける。こちらは焼き菓子なので、後でおやつにしよう。イヴが喜びそうな、動物の形の焼き菓子だった。


 あれこれと開封しては投げるルシファーの後ろから忍び寄る影……いや、紐。しゅるりと音を立てた紐は、黒に近い灰色に赤い縞模様だった。にゅっと片側が立ち上がり、ルシファーに飛び掛かる。


「うわっ、え!? ちょ! ぎゃああああ!」


 叫んだ直後、ルシファーはその紐を結界越しに鷲掴みにし、遠くへ転送で投げた。その技は、侍従達の間で話題になる見事さだ。


 結界越しに掴んだ毒蛇を、目の前に展開させた転移魔法陣へ叩きつける。と同時に発動し、遠くの森へ飛ばした。悲鳴は掛け声と勘違いされ、ルシファーの蛇嫌いはバレることなく事件は収束する。


 後日、箱の送り主は「あの蛇の肉は滋養強壮にいいんですよ」とコメントした。リリスの体調を気遣ってくれたことにお礼を言い、同時に二度と蛇は送らないよう釘を刺した。そのため魔王妃殿下は蛇が苦手という、間違った情報が民の間に広まったらしい。

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