424.出産祝いは申請式で対応した

 息子に戦場と言われた意味がわかりました。帰って来るなり、そう告げられ……ルシファーはひとまず頷いた。いきなり何の話だ?


 食後のフルーツを剥く手が止まっても、魔法がスイスイと皮を剥いた。魔法陣でカットして、リリスの前に並べる。お皿の上で美しく瑞々しい断面を晒すフルーツは、すぐに口の中に消えていった。


 イヴもご機嫌で兎カットの林檎を掴み、情け容赦なく赤い耳を噛み千切る。咀嚼しながら思い出して、シャイターンのベッドへ林檎を押し込んだ。転がって落ちた林檎は、すぐにルシファーが回収する。


「イヴ、シャイターンはまだ食べられないんだ。もっと成長するまで、イヴが代わりに食べてあげてくれ」


 あげてはいけないと教えれば、大きくなっても分け与えないだろう。イヴの真っ直ぐな性格を理解するルシファーは、言い回しを変えた。今は無理だが、代わりに食べる。納得したイヴは「うん」と笑って、桃を掴んで口に押し込んだ。顔の周りや両手はもちろん、服に至るまでぐしょぐしょだ。


 手際よく浄化魔法や布巾を使い、イヴの食事を介助する。その間にリリスは体力の回復を図っていた。


「聞いていますか?」


「もちろんだ、戦場から無事の帰還おめでとう」


 話半分に聞いていたので、適当に笑って誤魔化す。だが浮かれるアスタロトは数千年ぶりの超ご機嫌モードだった。


 娘を産んでくれたアデーレの苦しみや痛みに耐える表情から感じた愛情。手伝う嫁イポスの素晴らしさ、息子ストラスの成長から始まり、話は尽きない。最後に可愛い娘の誕生に頬を緩めた。


 普段は厳しい顔で叱られてばかりだが、アスタロトの顔は整っている。ルシファーも一瞬見惚れるほどの笑顔だった。それから義娘ルーサルカも可愛いと付け足すあたり、通常営業に戻る。


「うん、分かった。休暇を延長してやる。アデーレが元気になるまで付き添っていいぞ」


「ありがとうございます。ではまた明日」


「ああ……明日、え? 明日?!」


 休んでいいと言ったんだぞ。そう叫ぶルシファーを置き去りに、アスタロトは退室した。足取りがやや浮かれている。あれはまた明日、惚気にくる気だ。


「参ったな、まさかアスタロトが壊れるとは」


「アデーレの産んだのって女の子よね。アシュタは、息子ばかりだっけ?」


 リリスが記憶を辿った。以前そんな話を聞いた気がする。ルシファーはリリスに向き直り、新しい果物を手に飾り切りを始めた。


「ああ、息子ばかりだな。実は娘ができたこともあるが、死産だった」


 生まれた時、すでに命がなかった。瀕死なら助かれらるが、すでに失われた命は戻せない。あの時の妻はその後、気に病んで儚くなってしまったっけ。暗い記憶まで呼び起こし、溜め息を吐く。


「アスタロトの娘が生まれるのは初めてだ」


「ふーん。お祝いを贈らなくちゃ」


「ああ、そうだった。今回は出産した種族に贈る物を、それぞれ申請してもらったんだ」


 欲しい物を自分達で選んで連絡するよう通達を出した。お陰で、迷うことなく送り返せる。魔獣達は食糧中心で、ドラゴンは新しい布団だった。アラクネ達は狭くなった領地を広げて欲しいと嘆願し、精霊は魔力を込めた宝珠を望んだ。


 リリスが眠って回復に努める間、イヴと手を繋ぎ、シャイターンをおんぶして頑張る魔王。侍従達の手伝いもあり、ほとんどは祝いの品を贈り終えた。昨夜の出産がまた多かったので、再び同じ方法でお祝いを届ける予定だ。


「またリストを作ってもらわないと」


 アベルかアンナに頼もう。イザヤは新作の準備に取り掛かったので、休暇届が出ていた。副業の執筆時に休みを取る辺り、イザヤはしっかり者だ。計画的で魔族には欠けている資質だった。


「私はシャイターンのお洋服がいいわ」


「ん? お祝いなら幾つか届いたぞ」


 収納から取り出した大量の箱は未開封で、まだ分類すらされていない。リリスの希望で部屋に積み上げた。彼女が開封するらしい。手伝いに侍従のフルフルをつけ、ルシファーは部屋を後にした。まさか……あの箱の山に「アレ」が入っているなんて、想像もしなかったのだ。

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