416.孤軍奮闘とはこのことか

 レライエ達がシトリーのお産を終え、ほっとしている正にこの時。ルーシアは侍女達の出産に右往左往していた。


 侍女は若い未婚女性のグループと、経験豊かな大人のグループに分かれる。経験豊かな女性達は、出産経験者も多かった。だが同時に、彼女達は通いである。ほとんどが城下町や城の周辺に家を所有していた。中には遠い領地から、空を飛んで通勤する強者もいる。


 ここ最近は魔王城からの転移魔法陣が一般化したこともあり、隣大陸から通う侍女もいるくらいだ。若い未婚の侍女達は、逆に魔王城に部屋を貰って住むことが多い。単純にお給料を節約して貯蓄したり、通うのが楽だからと考えるのだ。


 結婚すると夫と共に家を買って出ていくが、それまでは魔王城で暮らすことがステータスでもあった。衣食住と揃った職場は、福祉関係や労働環境も素晴らしい。城に住めるのも、侍女や侍従の特権であった。


 そんな状況なので、夜間の魔王城に残っている侍女に出産経験者はほぼいない。かろうじて数人の侍女が集められ、ルーシア指揮の下、頑張っていた。


「お湯、それからタオル!」


「タオルはどの大きさですか?」


「なんでもいいわよ、全部持ってきなさい」


 指示を出せば、さらに詳しい指示を求められる。だがタオルのサイズなんて構っていられなかった。左右のベッドで、同時に陣痛が始まっているのだ。


「呼吸を整えて。そうよ」


 右側の獣人女性に話しかけ、背中を撫でる。獣人系は手足を丸めて蹲った姿勢で産むことが多い。その方が楽なのだろう。本能的に晒した背中を、何度も撫でた。


 左側では、吸血鬼の女性が痛みに青ざめていた。やや貧血気味なので、厨房から血の滴る肉を運ばせる。ベッドが汚れるのも気にせず、口元に押し付けた。


「早く吸いなさい、命にかかわるわよ」


 気を利かせたイフリートが炙ってくれたので、内側は生だが血はほんのり温かい。がぶりと噛み付いた彼女が吸い上げる音が、部屋に響いた。もう羞恥心がどうのと騒ぐ段階を過ぎている。貧血が改善された女性が一息ついたところで、駆けつけた婚約者が手を握る。


「血で滑るし、衛生問題があるからよく拭いてね」


 濡らしたタオルを渡し、婚約者に任せる。浄化魔法を使えば一瞬だが、吸血鬼系は浄化が鬼門だった。もし母親と同じ種族だった場合、赤子まで浄化されたら困る。


 混乱を極める現場の真ん中で、ルーシアは必死だった。両側のベッドを常に視界に入れ、いつ生まれても対応出来るよう踏ん張る。だが緊張はいつ切れてもおかしくなかった。


 リリスのお産で始まった出産ラッシュは、一気にピークを迎えた。応援を頼もうと思ったルーサルカ達はシトリーにかかりっきり、すでに一人の侍女が出産を終えて休んでいる。この間に、残る二人が産気付いたのだ。


 手が足りないどころか、猫でも犬でも手伝って欲しい。この際ネズミでもいい。意味不明な考えが浮かぶほど、ルーシアは疲れ切っていた。


「お待たせ!」


「あとは任せて」


 部屋に駆け込んだ友人二人を見るなり、ルーシアは床に座り込んだ。緊張の糸が切れたら、眠気がどっと押し寄せる。その隙間から、必死で状況を伝えた。


 吸血種の侍女の方が早く産まれそうなこと、貧血になると困るから血を飲ませたこと。手や顔をよく拭って衛生状態を保つように。それから……獣人女性の子は、昼まで生まれないと思う。難産というより、どうも複数の子がいるらしい。


 ここまで早口で語ると、床に伏せたルーシアは動かなくなった。


「ちょ、ルーシア?!」


「多分眠ってるだけよ。空いてるベッドへ寝かせましょう」


 助け手が増えたので、それぞれに左右の妊婦を担当することになった。奮闘する友人達に全てを任せ、ルーシアは睡眠を貪った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る