415.出産に次ぐ出産でてんてこ舞い

 出産騒動を聞きつけた侍女達が、大急ぎでシーツや部屋の片付けをしてくれる。グシオンも手伝い、寝室は綺麗に整えられた。だがこれからが大変だ。


 胎生なら、生まれた子が泣いて起こされたり、定期的にお乳を与えたりする。卵生の場合は、ひたすら温めるのだ。生まれるまで冷やしてはいけない。かと言って上に大量の毛布を被せて包んだら、割れた事例もあった。自然に中から割って出てくるまで、見守るのが慣習だ。


 レライエのように年単位で温めた家族もいるのだ。シトリーの場合、長男ネイトも長女キャロルもあっさり生まれた。年子の兄妹は、炎龍族である。シトリーは今度こそ鳥人族の子が生まれると期待していた。卵が三つもあれば、確率は一気に高まる。


「もうどっちでもいいわ。元気に生まれてきてね」


 鳥人族の子になりますようにと願い続けたけれど、こうして卵を前にしたら意識が切り替わった。健康ならどちらでもいい。母親らしい穏やかな言葉に、ぐぅと空腹を示す腹の虫が重なった。


「ふふっ、やだ」


「なんかカッコつかないのよね」


 ルーサルカやレライエも笑い出す。夜中に近い時間にも関わらず、侍女達が食事を運んでくれた。


「もしかして、厨房は起きてるの?」


 夜中はもう火を落とす時間だ。深夜に食事を摂る種族は限られており、事前に用意しておくのが通例だった。魔族といえど、不眠不休で働き続ける事はできない。何より、魔王城の労働環境は優良なのだ。


 レライエの指摘に、侍女は料理を並べながら答えた。魔王妃リリスを始め、魔王城に勤める侍女の数人が出産に入った。まだ二人ほど陣痛に苦しんでおり、多くの侍従や侍女は帰らずに働いているらしい。


「やだっ! 食べたらすぐに手伝いに行くわ」


「ぜひお願いします」


 手が足りないのだろう。出産経験者の手伝いは、いくらあっても困らない。侍女は同僚の出産を手伝うと口にしたルーサルカに、微笑んだ。尊敬する侍女長アデーレの義娘でもある。期待していいだろう。


 彼女達の思わぬ期待を知らず、ルーサルカとレライエはパンを齧る。丸いパンを半分にカットし、中央に具が挟まれていた。片手間に食べられるよう、工夫したらしい。何より、こういったサンドは冷えても美味しい。


 熱いコーヒーを淹れてもらい、ぐっと流し込んだ。シトリーも手伝うと口にしたが、彼女は卵を温める大事な仕事がある。グシオンも卵の保温は手伝えるだろうが、出産直後の妊婦をこき使う気はなかった。


「あなたは残って」


「手が足りなくなれば呼ぶから」


 シトリーも少し体が辛いようで、素直に頷く。半日以上陣痛で卵を押し出し続けたのだ。疲れないはずがない。


 シトリーへ「おめでとう」と「お大事に」を伝え、大公女二人は廊下に出た。待っていた侍女について、移動を始める。そこでようやく、リリスの出産を知った。


「え? 手伝い損ねちゃったわ」


「仕方ないわよ」


 顔を見合わせる二人に、侍女は「安産で、つるんとお生まれになりました」と告げる。絶句した二人は顔を見合わせた。リリスは卵を生む種族ではない。やだ、誰の子? じゃなくて、もしかして卵と赤子を切り替え可能なのかしら。なんてチート。


 つるんと……安産を示すこの表現が思わぬ誤解を生むが、レライエは自分のお腹を撫でながら溜め息を吐く。


「私だけ陣痛来ないんだけど」


「それはそうよ。妊娠した時期が違うんだもの」


「うーん。一緒に出産したかったわ」


「え? やめて。これ以上続いたら、私が無理よ」


 出産も大変だが、その後の育児はもっと忙しい。目が離せない時期が続くのに、仲間が半数以上休んだら……想像だけでぞっとした。


 魔王城が停滞しちゃうわ。実際、アデーレの産休で城のあれこれが滞っている。これ以上は無理と悲鳴を上げるルーサルカの言い分はもっともだった。

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