414.安産の裏で、こちらは難産

 リリスが息子を産んでいた頃、ルーサルカもシトリーの出産に立ち会っていた。安産過ぎるリリスと真逆で、シトリーは卵とは思えない難産だ。


「うぅ……」


「どうしよう、全然生まれそうにない」


 妊婦に治癒魔法は使えない。共通認識になりつつある考えは、彼女達にも広まっていた。大きく膨らんだお腹は呼吸で動くのに、まったく生まれる気配がない。


「私、卵生じゃないから……分からないわ」


 ルーサルカは戸惑った。卵って、つるんと生まれるんじゃないの? 胎生くらい大変そうだけど。思っていたのと違う。混乱する彼女の傍で、レライエは大きく息を吐き出した。


「場所を変わって」


「あ、うん。お願い」


 シトリーは鳥人族だ。激痛に呻きながら、大きな羽を背に広げていた。うつ伏せに丸まる体勢を選んだシトリーの背中を、レライエの指示でルーサルカが摩る。布団を運んだアベルは外へ放り出された。


 夫のグシオンがおろおろしながら、シトリーの手を握る。


「頑張ってくれ」


「がんば、って! るわよ!!」


 全力で絞り出した声に滲んだ怒りと苛立ち。頑張ってるのに、頑張れって言わないで。そんな抗議に、グシオンは泣きそうだった。ただひたすらに「シトリー」と名を呼ぶ。


 ほぼ八つ当たりの叫びだったが、グシオンなりに寄り添うつもりらしい。痛みに耐えてくれてありがとうと囁いた。


 ぽんっ。


 間抜け……と表現しては失礼だが、妙な音がして卵が飛び出した。咄嗟に受け止めたのは、背を撫でていたルーサルカだ。獣人特有の反射神経で、胸の前でがっちり掴む。


「……っ、びっくりしたぁ」


「上手よ、ルカ。続いてもう一つ」


「え? 二人目?!」


 用意された籠は毛布が敷かれている。その中央へ卵を置いた。レライエのいう通り、まだ卵がありそうだ。励まし、待ち続ける。自分がお産の時は必死で時間経過がわからないが、他人のお産は長く感じられた。


 明るかった外が夕方になり、夕闇に包まれる頃……ようやく二つ目の卵が転がり出る。最初の卵より大きかった。


「卵も大変ね」


「どちらも一緒だと思うわ。卵ってほら……中央が膨らんでるじゃない? つるんとした表面のせいで、頑張って産みかけた卵が戻っちゃうこともあるのよ」


 汗を拭いながら、レライエはそう笑った。確かに長細い形だが、中央に膨らんだ部分がある。ここの手前で力が抜ければ、外へ出ていかないだろう。胎生より楽だと思い込んでいたルーサルカは、多少反省しながら二つ目の卵も籠に入れた。


「大きさが違うのね」


「あら本当。もしかして双子だけど種族が違うのかも」


 魔族同士の子は父親か母親の種族を引き継ぐ。ハーフという概念はなかった。人族のみ、両方の特性を持つハーフが生まれるのだ。人族が滅びた今となっては、新たなハーフが生まれることはない。胎生か卵生か、それも母親の特性次第だった。母親が卵生で生まれたなら、本来胎生で生まれる子も卵で生まれる。この原理はいまだ解明されていなかった。


 グシオンは炎龍族、神龍の一族の派生だ。鳥人族のシトリーは、今度こそ己と同じジズの子が欲しかった。期待を込めて見つめる卵は、大きさは違うが色も模様もそっくりだ。


「割れるのが楽しみね」


 レライエと卵を拭くルーサルカが笑う。頷くレライエだが、まだ蹲った姿勢で動かないシトリーに首を傾げた。


「どうしたの? リー」


「……もうひとつぅ」


「「え?」」


 まだ卵がいると言われ、慌てた二人の間に、ぽんと卵が飛んだ。咄嗟に狐尻尾で包むようにして、体全体で受け止めたルーサルカは、落とさず済んだことに安堵の息を吐いた。


「もう最後?」


「うん」


 汗まみれのシトリーが頷き、感激したグシオンが泣きながら抱きついた。暑いだの、鬱陶しいと言いながらも、シトリーは満更でも無い様子。最後の卵を産み終えるまで、半日以上が経過していた。


 窓の外はやや明るい。二つの満月が仲良く空に浮かんでいるのを見上げ、レライエとルーサルカは同時に呟いた。


「「お腹すいたぁ」」

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