第23章 生まれるぅ!
412.魔王城で「生まれるぅ」と叫ぶ
お腹の大きくなったリリスは、胎児のために運動を始めた。転んで腹を打つと事件なので、ずっと魔王の補佐が付いている。この時点で、嫌なフラグを感じた。
「って感じで、話を組み立てるんすよ」
イザヤほどではないが、漫画や小説を読み漁ったアベルは、それなりに読み手として目が肥えている。よちよち不安定な歩き方をするリリスと、それを支えながら連れ添う魔王を横目に、物語の導入部分を語ってみせた。
「ふーん、意外とアベルも物語書けたりして」
「あ、無理っす。俺は言葉の……ロリ? じゃなくて、ごり……まあいいや。それが足りないんすよ」
今の説明だけでも、語彙力が不足しているのはわかる。ふーんと気のない返事をしたルーサルカは、ぽつりと呟いた。
「そろそろ、お義母様の出産時期も近いよね」
アスタロト大公夫人アデーレ、彼女も久しぶりの妊娠である。ざっと数えて200年以上だろうか。いろいろあっても、押しかけ女房だったアデーレは強く、アスタロトは押しに弱かった。そう、意外なことに追われると逃げの一手なのだ。
吸血鬼王の弱点を掴んだアデーレも、そろそろ出産してもおかしくない。表に出てこないので分かりにくいが、産月が近かった。
「うっ……」
突然リリスが呻いて蹲る。大きなお腹に押されるように座り込み、後ろに転がりそうな彼女をルシファーが抱えた。
「大丈夫か? まさか、生まれるのか!」
「まだぁ」
隣を歩いていたイヴが、ぽんぽんとリリスの腹を叩く。勝手に「まだ」と返事をしたのも、イヴだった。
「こら、イヴ。リリスのお腹を叩いたら……」
「出るぅ!」
叫んだリリスの一言に、混乱したルシファーがイヴを掴んで、リリスの腹に乗せた。そのままイヴごとリリスを抱き上げる。すごい勢いで魔王城へ飛び込んだ。
「……今の、出産でいいのかな」
手伝いに行こうか、まだなのか。判断できないルーサルカが首を傾げる。初産だった過去と違い、大公女達も複数の出産を経験していた。まだ余裕のありそうなリリスの様子に、駆けつけなくてもいいかな? と迷う。
出産が確定すれば、召集がかかるだろう。ルーサルカはそう考えた。
「あ、いいところに! シトリーが難産で手伝ってくれない?」
自らもやや膨らんだ腹を帯びで支えるレライエが、声をかける。毛布や枕を抱えた妊婦に、ルーサルカが駆け寄った。レライエの手から全て奪い、後ろの夫へ渡す。
「アベル、これ運んで」
「ああ、わかった。シトリーのところか」
夫はグシオンだったな。すたすたと運ぶアベルは、元勇者だけあって体力は優れている。軽そうに運ぶ夫を見送り、レライエと手を繋いでルーサルカも追った。
あっという間に人の消えた庭だが、今度はお湯を抱えたコボルトが右往左往する。急に始まったリリスのお産に加え、シトリーも卵を産み落としそうなのだ。加えて、妻の出産に立ち会うと言い残し、アスタロトが姿を消した。
手薄になった魔王城だが、ここに襲撃する勇者はもういない。もしいたとしたら、一族郎党滅ぼされること確定だった。この頃、各地で産気づいた妊婦が多発し、魔族は一斉に空を見上げる。
まだ昼間だというのに、浮かぶ大きな月が二つ。どちらも満月だった。月が満ちれば子が生まれる。どこぞの言い伝えだが、魔族は誰も信じていない。なぜなら関係なく子は生まれ、年寄りが死んでいくのだから。
見上げた空の月を見て「綺麗だな」程度の感想を抱いた魔族は、また慌ただしく妊婦の介助に動き出した。ざわりと魔の森が揺れる。大量の魔力を放出しながら、木々は風もないのに葉擦れの音で新たな命を歓迎した。
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