411.スライム隔離失敗を誰も気付かない

「このスライムは、新種登録されるんすか?」


 興味津々のアベルは、今日も新しい餌を手に通ってきた。オレンジの皮を食べさせると、色がオレンジ色になる。透明なまま色がつくので、溶かす様もよく見えた。


 試しにエルフが収穫したハーブを与えたところ、しばらくローズマリーの良い香りが漂う。魚を入れたら溶かしながら、一部の内臓だけ外へ捨てた。好き嫌いもあるらしい。


 日々様々な餌を与えて観察するルキフェルは、ご機嫌だった。新しいオモチャが手に入ったのだ。生き物に分類したが、現時点で魔族ではない。以前に出会ったスライムと違い、こちらは意思の疎通が出来なかった。何でも溶かす便利な生き物だ。


「ううん。魔力はほんのり感じるけど、意思の疎通ができないからね。魔族に入らない」


「じゃあ、魔物か。やっぱり魔物なんだな」


 ゲーム知識で納得するアベルだが、それほど詳しいわけでもない。あれは架空の生物であり、実際に育てたこともなかった。だが彼の知識は、この世界の魔族よりスライムを理解している。過去に出会ったスライムは襲撃してこなかったが、こちらは攻撃的だった。


「いろいろ溶かして食べる感じで、その特性を吸収したりするかも」


「ふーん。オレンジの皮で何を吸収するんだろ」


「皮のなんだっけ、ほら、酸っぱい成分を飛ばすとか」


「ああ。武器になるかもね」


 ガラス瓶の中を覗きながら、今度は昆虫を与えてみる。溶かし方がグロいので、アベルが「げろっ」と舌を出した。顔を歪める彼と逆に、じっくり観察したルキフェルが考え込む。


「溶かす時間が短くなった気がする」


「そういえば、俺が知るゲームの悪いスライムは、たくさん飲み込むと強くなるっす」


「もっと早く言ってよ。食事は一時中断させよう」


 最悪死んでしまっても仕方ない。うっかり妙な生き物を強くしてしまい、手に負えなくなる可能性を嫌った。過去の失敗を活かしたルキフェルの判断で、一時的に収納へ入れることにした。もし本当に生き物でなければ、後日出しても動くはずだ。


 スライム亜種の二匹目が見つからないので、魔物としても種族を確立できない。単体の奇妙な生き物として処理された。


「さて、と。他の研究しなくちゃ」


 ルキフェルの意識は、こないだから観察中だった植物へ向かった。残念だが、持ってきた餌は処分するかとアベルも場を離れる。先程までスライムがいた瓶は、すでに収納の中……なのに水滴ほどの小さな何かが蠢いていた。スライム亜種の小型バージョンに見える。


 もそもそと動き回り、近くにあったスプーンの端から溶かしていく。誰も知らぬ間に、ミニスライムもどきは少しずつ勢力を広げていった。近くにいた研究用のネズミに入り込み、内側から溶かして吸収。続いて、鉢植えの植物、土、鉢そのものも溶かしながら体積を増やす。


 忘れられた魔物は、そのまま外へ脱出を図った。この脱走は数年に渡り気付かれることはなく、忘れた頃に謎の溶解事件として発覚する。それまで、スライム亜種は成長して分裂し、数と質量を増やし続けた。


 当然、ミニスライム亜種の存在を知る由もない魔王は、イヴを連れて森へ出かけた。リリスは具合が悪いと言って残る。一緒にいたいルシファーだが、頭痛でイライラすると言われたら仕方ない。興奮してはしゃぐイヴの声は、リリスにとって凶器同然だった。


 妊婦に治癒魔法が使えない以上、エルフが持ち込んだ薬草を飲んで寝るしかない。世間で言う「夫による幼子の寝かしつけ」に出掛けたのだ。途中でピヨも合流し、増えた翼をバタバタさせながら走るピヨの姿に、イヴも大興奮で両手を振り回した。


 イヴを遊び疲れるまで追い回し、ついでにピヨも遊ばせる。目元を擦り始めた娘を抱き、大型犬サイズを通り越し牛に近い巨大鳥ピヨを浮かせて、ルシファーは城に帰還した。


「ご苦労様」


 少し楽になった妻リリスに労われ、一家は同じベッドで横たわった。なお、ピヨは城門内側に作られたヤンの部屋の前に放置され、すぐに番のアラエルに回収されたらしい。

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