410.スライム亜種は日本由来ではない

 発見された得体の知れない透明の袋は、魔物かどうかも判断できなかった。ルシファーの手を溶かそうとする様子から、生物ではあるようだ。計測した結果、ほんのりと魔力を帯びている。その魔力が本人のものか、外部から浴びたせいか。それすら判断できないほど、脆弱な魔力だった。


 過去に発見されたスライムはもっと魔力を帯びており、早い段階で意思疎通が出来た。その意味でいくと、よく似た別種族だろう。


「魔族ではなさそうだ」


 意思の疎通を試みるため、ヤンやエルフ達に引き合わせたが、現時点で植物でも獣でもない。分類が出来ぬまま、金属製の箱に入れた。すると箱を溶かして吸収する。食べているのか取り込んだか。判断が分かれ、ルキフェルとルシファーの二人は、この袋状生物に夢中になった。


「なんでも溶かすのですか?」


 アスタロトは眉を寄せてペン先で突く。鋭い刃物を当てても切れることなく、ぷるんとしたクラゲ(仮)は熱湯や氷も平気そうだった。温度を感じないのかも知れない。


「分からんが、金属は溶かした。オレの手も溶かそうとしていたな」


「吸収しようとしたんだと思う。餌なんじゃないかな」


 首を傾げるルキフェルは、ルシファーの発言に別の見解を示す。そこへ書類を運んできたイザヤが「スライム?」と呟いた。


「これが、スライム……?」


 ルシファーがぎこちなく繰り返し、我に返ったイザヤはアベルを呼んだ。スライムは知っているが、明らかに違わないか? 首を傾げる上層部を押しのけ駆け込んだアベルは、目を輝かせた。


「すげぇ! 本物だ! 俺は悪いスライムじゃないよ、って話した?」


「いや、まだ言葉や音は発していない」


「なんだ、残念」


 言葉の割に笑顔のアベルは、ツンツンと指先で突く。すぐに引っ込めて、顔を歪めた。


「いてぇ」


「ああ、指先が溶けるぞ。すでに金属の箱を溶かして取り込んだ」


「え? マジ! あぶねっ。俺が知ってる奴より、凶悪っすよ」


 アベルが知っているなら、異世界から来たスライムか。真剣に議論する魔王達の後ろで、イザヤは額を押さえた。日本にこんな物はいなかったが、アベルの説明で日本から来たと誤解されそうだ。どう説明したものか。


「日本人は会話が出来るの?」


 きらきらした目で尋ねるルキフェルは、録画しながらスライム亜種に近づく。ぐにょんと形を変えたスライムが、触手のように一部を伸ばした。以前のぽよぽよした愛らしいスライムと明らかに違う。


「えいっ」


 ルキフェルは手のひらで払った。派手に飛び散るかと思いきや、ぷるんと回収される。多少乱暴に扱っても問題なさそうだ。


「なんでも溶かすのは悪いスライムっすよ」


 迂闊なアベルの発言で、しばらく隔離が決まった。クラゲ(仮)という名前は改め、スライム亜種で固定される。危険を強調するアベルの言葉を受け入れ、ルキフェルが結界に包んで研究所へ運んだ。


 その後、意外な特性が発見される。ガラスは溶かさない。金属、生ゴミ、岩を溶かして吸収する。生き物に関しては、溶かし方がグロいので、研究が見送られた。どうやら、保管中のスライム亜種の上に落ちたネズミが溶ける姿を、目撃した研究員がいたらしい。


 気の毒な研究員は数日の休暇を与えられたが、復帰してからもスライム亜種のいる区画には近づかなかった。

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