409.魔王のフラグは回収された

 青い鳳凰であるらんの雛が生まれたのは、リリスの割った青い卵のせいだった。なぜか割って掻き回したのに、火を入れたら目覚めた不思議な事情がある。初めてのお菓子作りが、ピヨ入りのプリンだった。


 あの時のプリンは死者こそ出さなかったが、アスタロトを一時的に意識不明に追い込み、ベールやルキフェルの記憶を飛ばした。大公という魔族の強者を倒しかねない鳳凰の毒は、最強の魔王ルシファーをして「ぴりっとする」と言わしめる程度には危険度が高かった。


 その後も焼き菓子を作って爆発したり、厨房は惨事に見舞われてきたが……。


「ルシファー、大変……けほっ。イフリートが怒ってる」


「それは一大事だ」


 きりっとした顔で、ルシファーが妻子を振り返る。


「悪いが、オレは仕事だから部屋で待っててくれ」


「分かったわ、気をつけてね」


 イヴとしっかり手を繋いだリリスに見送られ、煙が立ち上る階段を降りる。足元が見えないので、ズルをして魔力で浮いたまま進んだ。軽く浮いた魔王が床を踏みしめたのは、階段が終わったところだ。


「魔王陛下……なぜ爆発するんですか」


「よくわからんが、すまん。元通りにするから許してくれ」


 怒りが滲んだイフリートの声に、姿が見える前から謝罪した。どうせ謝るなら、素直に非を認める方が摩擦が少ない。実際、実験を頼んだ自分達の立場が弱いと理解しているから余計だ。


 イフリートにしてみたら、協力するたびに事件が起きれば嫌になるだろう。彼の仕事は調理場の管理と料理作りだ。魔王城で働く多くの人々の胃袋を満たし、満足させるのが役割だった。煙のせいでよく見えないが、頭も下げておく。


「頭をお上げください」


 見えているらしいイフリートの言葉に、そういえば、彼は炎の精魂族だったと納得した。


「厨房は直すから」


「それは当然ですが……これ、何でしょうか」


 これと言われても、見えない。臭いも凄いので、風を使って巻き上げることにした。煙を竜巻状にして外へ押し出す。ようやく煙が薄れて、人の姿が見え始めた。イフリートが摘んでいる物が、うっすら見える。目を凝らしたルシファーは首を傾げた。


「生き物?」


「いえ、違うと思います」


 イフリートも困惑した様子だった。やっと臭いも消える頃、ルシファーはまずオーブンの中を確認する。もしリリスやイヴの菓子の残りがあれば、確保するためだ。この点に関して、たとえ毒物であっても譲れないルシファーだった。残っていた炭をごっそり収納する。


「ちょっと! ルシファー、それ検証に使うからね」


「半分残しておいた」


 だから収納に入れた炭を返す気はない。言い切ったルシファーは強気だった。ちなみに炭と思われる黒い物体だが、割れた部分から覗く内部は生である。生焼けですらない生地だった。食べたら腹を下すこと請け合いだが、魔王ルシファーなら消化するかもしれない。


「炭の処理より先に、こちらをどうにかしてください」


 イフリートは手にした何かをルシファーへ押し付けた。受け取った塊はぶにぶにと柔らかい。外側に膜があるようだが、内側は透き通っていた。海で見たクラゲに近いが、濡れていない。じっくり眺めるルシファーの手が、徐々にその透明の何かに包まれた。


「おっ! ルキフェル、これ凄いぞ。オレの手を溶かそうとしてる」


「え? すごい、僕にも貸して」


 過去に発見されたスライムに似ていたが、色や透明度が違うので別物判定されていた。もしかしたらスライムかも? と疑わなくもない。


 悪い二人に挟まれた透明の物体、少しして名前がつくのだが……それまではクラゲ(仮)と呼ばれることになった。

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