408.お菓子作りは危険がつきもの
突然押し込まれたリリスとイヴに、ルキフェルは驚いて目を見開く。だが外から聞こえる説教の滔々とした響きに、事情を察した。やらかして叱られたのだろう。
「ママ、パッパは?」
「アシュタとお仕事よ。後で来るから、先にお菓子を作りましょうね」
天然か素か、リリスは笑顔でイヴに言い聞かせる。考える様子を見せたイヴは、大きく頷いた。
「わかった」
「いい子ね。イフリート、お願いするわ」
事前に連絡が入っていたので、イフリートは用意した粉や砂糖を並べる。侍女長アデーレは優秀で、常にレシピを残していた。そのため材料や分量も、正確に用意する。一般的な料理より、菓子の方が材料の量にシビアだった。
「まずは卵を割るのよ!」
「先に砂糖とバターを混ぜてください」
ぴしゃんと訂正された。料理に関して妥協しないイフリートと睨み合い、リリスが折れた。というより、彼女は自分の記憶に自信がなかったのだ。イフリートなら間違いはないはず。そんな信頼の眼差しに、彼は大きく頷いた。
アデーレが担当した部分は、イフリートが代行する。次々と材料が足されていき、ご機嫌のイヴも隣で同じようにお菓子を捏ねている。検証の実験を邪魔されないよう、イフリートが考えた作戦だった。
順調に録画は進み、イヴも予定通り粉だらけになる。鼻がむずむずしたのか、大きく息を吸い込んだ。くしゃみを警戒してルキフェルが結界を張るが、イヴは堪えた。ぐずぐず鼻を啜り、ホッとして油断した瞬間に大きなくしゃみを放つ。無意識に無効化を振り撒いたらしく、くしゃみは焼き菓子の上に降りかかった。
「……うわっ」
「あら」
困ったわと笑うリリスは、粉に塗れた手でイヴの鼻を擦った。汚れた手で触れたので、またくしゃみが飛び散る。だが今回は近づいたリリスによって遮られた。
「……焼きます」
焼けばなんとかなる。実害はないだろう。悩んだルキフェルの結論に、いろいろ言いたそうな顔をしたイフリートだが、素直に従った。今回はお菓子を作ることが目的ではなく、その後の検証が大切なのだ。変化が出たとしても、後で結果から差し引けばいい。
オーブンへ入れ、絶妙な火加減で焼き始めた。手を洗ったリリスが、タオルでイヴの手や顔の汚れを拭う。ようやく説教から解放されたルシファーが合流した。
「うわぁ、やっぱり粉だらけになったか」
頭のスカーフを死守するイヴは、両手を上げた状態でルシファーの浄化魔法を浴びた。だが無効化されてしまう。
「こら、無効化したらダメだろう。めっ!」
ぎゅっと目を閉じて我慢するイヴへ、もう一度浄化を掛けた。今度は綺麗に粉が取れる。手についていた焼く前の生地も消えた。イヴが捏ねていた生地も、この後イフリートが焼いてくれる。
「リリスの焼き菓子に加え、イヴが初めて練ったお菓子か。楽しみだな」
にこにことイヴを抱き上げたが、ぺちぺちと腕を叩かれる。
「歩く」
しょんぼりしながら降ろし、手を繋いでもらう魔王。笑いながらイヴの反対の手を掴むリリス。仲のいい夫婦の光景に、ルキフェルはぼそっと呟いた。
「この光景も状況も、記憶の中の二人にそっくり」
ルシファーと幼いリリスの日々が、そっくり繰り返されていた。ある意味、ルシファーが成長していない証拠だ。
「焼き上がったらお持ちしますから、出て行ってください」
真面目なイフリートに追い出され、四人は廊下で顔を見合わせた。掃除していないが、ここで戻ると叱られるだろう。ルキフェルが先に階段を登り始め、魔王一家も続く。地下にある厨房から出たところで、破裂音が聞こえた。
「もしかして、何か爆発してないか?」
「もしかしなくても爆発したと思うわ」
リリスの断言に、そうだよなとルシファーがイヴの手を離す。
「悪いが、様子を見てくる」
「僕が行くからいいよ」
ルキフェルが名乗りをあげ、煙突のようになった階段を駆け降りる。見送りながら、ルシファーは不吉な一言を放つ。
「また何か生まれてないといいが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます