407.遅刻したので転移したらバレた
慌ただしく朝食を食べ、支度を終わらせる。すでにルキフェルは調理場にいると連絡があった。遅れた原因は、うっかり熟睡したルシファーである。
先に起きたイヴは、朝日が眩しいと癇癪を起こして騒いだため、やっとルシファーやリリスも目を覚ました。この時点で、いつもの朝食の時間を過ぎている。侍女長アデーレがいないのも手伝い、誰もルシファー達を叩き起こさなかったのだ。
指パッチンで着替え、リリスも大急ぎで着替える。その間に見繕った服をイヴに着せた。汚れても問題なく、ポケットなど余計な装飾のついていない服だ。シンプルすぎてレースやフリルもほぼない。
「やぁ! かぁいくない」
言い分は分かる。父であるルシファーとしても、娘に愛らしい格好をさせたかった。だが、今日ばかりは粉まみれ確定なのだ。掃除は浄化や風魔法でなんとかなるとしても、口に入れる食べ物を捏ねるであろうイヴの服装は重要だった。
間違いなく……イフリートは手加減しない。火のエレメントであるイフリートは、抜群の火加減を武器にした料理人である。当然だが、料理に関しての妥協はなかった。過去にリリスや大公女達がお菓子を作った際も、あれこれと厳しい条件を出された。
今回もひらひらした服の禁止と装飾品はなし、髪は必ず結ぶよう通達があった。リリスの髪を後ろで一つに結び、三つ編みにしていく。その間にイヴは気に入らない上着を脱ごうとしていた。じたばた暴れるものの、普段自分で着替えをしないので苦戦している。
「イヴ、その服じゃないなら置いていくぞ」
最悪、ヤンを子守に置いていくしかない。そう覚悟を決めて突きつけた。今まで自分に甘い父しか知らないイヴは驚く。目を見開いて涙を浮かべるが、ルシファーもここは妥協しなかった。
「ダメだ」
きっちりと言い渡す。両手はリリスの髪を編んでいるが、顔は娘に向いていた。躾を甘くしたら、泣くのは将来の自分だ。可愛いイヴも人に疎まれてしまう。周囲に合わせることは必要なのだ。
リリスの育児で学んだことが、ようやく生かされた。ここにアスタロトがいれば「今さらですけどね」と呆れただろう。イヴは本気を感じ取ったのか、むすっと唇を尖らせた。だが脱ぐのはやめる。
ちなみに子守役がヤンなのは、護衛にも関わらず「獣は毛が散るから」という理由で厨房出禁だからだ。以前に「犬と一緒にするな」と抗議したヤンだったが、頑として受け入れられなかった。魔王ルシファーに髪を結ぶよう進言するほど、イフリートの料理愛は強い。
ルシファーも自分の髪をくるくると編んで丸めた。イヴはまだ結ぶほどではないが、念の為にスカーフを被せる。
「やっ」
「あら、イヴったら似合うわ。可愛いわね。取っちゃうの?」
上手にリリスが誘導し、イヴはスカーフを取ろうとした手を止める。ちらちらと両親の顔を窺い、乱暴に掴んだスカーフを撫でた。可愛いならこのままでいい。そんな心境が滲んでいる。
「ルキフェルを待たせている。急ぐぞ」
イヴを抱き上げ、リリスと腕を組んだ魔王は……前触れもなく転移した。厨房の入り口に降り立ち、ノックしようと右手を掲げたところで、後ろから恐ろしい声がかかった。
「ルシファー様、魔王城内の転移禁止を解除した意味を……あなた様がどう捉えているのか。一度詳しくご説明いただきたい。お時間をいただけますか? 魔王陛下」
側近として「ルシファー様」と呼称するうちは安全だが、アスタロトが「魔王陛下」と呼ぶのは危ない。公共の場なら問題ないが、今は違った。つまり説教に繋がる響きである。
先にリリスへイヴを抱かせて、ノックした扉の向こうへ二人を逃した。あちらにはルキフェルがいる。両手を広げて立ちはだかり、アスタロトを遮った。
「話はオレだけで聞く」
「いいお覚悟です」
にたりと笑った吸血鬼王の口から覗く鋭い牙に気後れしながらも、ルシファーは毅然とした態度で応じた。
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