404.ねっちり嫌味を言われた

 翼や羽を持つ魔族にとって、数が増えることは良いことだ。減って片方になったら大事件だが、増える分には喜ばれる。ルキフェルも同様だった。魔力が増えたのではないかと興奮状態である。結論を言うなら、確かに増えていた。


「食べると魔力が増える焼き菓子、ですか?」


 不審そうにお菓子を摘んで眺めるアスタロトが、ぱくりとひとつ口にした。


「お、おい?」


 危ないと認識したのに、どうして口にするのか。何かあったら、どうする! そう叱る魔王へ、アスタロトはくすくす笑い出した。


「あなたが心配なさる側なのは、本当に珍しいですね」


 特に痛みも感じないと呟くアスタロトだが、眉を寄せた。肌がゾワゾワするらしい。違和感が激しく、両腕を摩る仕草を見せた。ばさりとコウモリの黒い羽を外へ出す。


「どうです、増えましたか?」


「いや、一対のまま……だが、何か頭に……」


 見覚えのある物が現れ、それがぐいぐいと形を変える。奇妙な現象に、ルシファーもルキフェルも釘付けだった。


「貴重な光景だよね」


 ルキフェルはアスタロトが焼き菓子を食べたところから、録画していた。水晶に記録された映像も、同じように捉えているのだろうか。


「ルシファー様、何が変化しました?」


「あ、頭の……ツノ?」


 以前にうっかり折ってしまったことがある。リリスがまだ幼い頃だ。先端を小指の先ほど欠けさせ、危うく報復されるところだった。あの恐怖が蘇り、恐々と報告する。収納から取り出した白紙へ、すらすらと描いたのはツノの形状だった。


「……増えていない、いや……」


 アスタロトも眉を寄せて考え込む。その眼前へ、ルキフェルが鏡を翳した。自分の翼を確認するために出された鏡だが、今度はアスタロトのツノを映し出す。


 数は増えなかったが、形が変化した。すっと真っ直ぐだった二本のツノは、なぜか鹿のツノに似た形状になる。途中から枝分かれしたような、見慣れない現象に絶句した。


 アスタロトは鏡を見ながら手を伸ばし、己のツノをじっくり指先で確かめる。無言なのが怖い。オレのせいだとか言うなよ。不安で挙動不審な魔王に、彼はほぅと息を吐いて告げた。


「魔力量が増えました。間違いなく、あの焼き菓子は何かあります」


「どうやって作ったのさ」


 ルキフェルにも詰め寄られ、ルシファーは視線を天井へ泳がせた。どうしよう、素直に言うべきか。


「嘘はバレますよ」


 長い付き合い故に、ルシファーが誤魔化そうとしている雰囲気に気付いたアスタロトが忠告する。確かにいつも嘘はバレる。挙句、痛い思いをして喋らされるのだ。ここは素直に説明しよう。


 覚悟を決めて素直に話した。


「収納した記憶はないが、茶菓子を探したら収納から出てきた」


「「は?」」


 ハモった二人の大公だが、その表情は全く違う。声の高さも違った。素直に驚いた様子を見せたルキフェルと違い、地を這うような低音でアスタロトが表情を強張らせる。


「正体も分からぬ食べ物を我々に出したのですか?」


「えっと……すまん」


「人体実験? いえ、いっそ死ねばいいと思われたのでしょうか。悲しいことです。魔王陛下と出会ってずっと、ひたすらに忠誠を捧げてまいりました。その返礼がこれならば、よほど疎まれていたのでしょう。いいえ、いいのです。口煩い側近など邪魔なだけですからね」


 一気に捲し立てられ、ルシファーは顔を引き攣らせて「そうじゃない」と必死に弁明した。単に危ないと思わなかっただけ。食べるのがリリスやイヴなら、きちんと調べた。だが大公二人と自分なら、解毒も出来るし平気だろう。そう油断したのも事実で……ねっちり嫌味を言われて撃沈するまで。ルシファーが解放されることはなかった。

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