405.焼き菓子は私が作りました
得体の知れない焼き菓子は没収された。ルキフェルが厳重に結界を張り、誰かが間違って食べないよう手配する中。ノックなしで執務室の扉が開いた。
「あら、お茶の時間だったの?」
「リリスか」
説教が終わったルシファーへ抱きつき、リリスは小首を傾げた。お茶の支度がされているのに、ほぼ手をつけた様子がない。さらに何故か茶菓子に厳重な結界が施されていた。危険物の封印をするのかと思うほど、きっちり密封されたお菓子を眺めた。
「あ、これ……私が作ったのよ」
「……は?」
「え……」
「本当ですか?!」
全員が奇妙な返答を漏らしたところで、リリスに抱っこされたイヴが目を輝かせた。
「ちゅの!」
指差して触らせろと訴える。体を揺するイヴが重いのか、リリスは早々にルシファーへ押し付けた。
「そろそろイヴも歩かせなくちゃ」
「ん? リリスもこのくらいの頃は抱っこだったぞ」
「覚えてないわ」
首を傾げる夫婦の会話に、アスタロトが首を突っ込む。ようやく我に返ったのだ。
「イヴ姫の話は後です。それより、あの焼き菓子はリリス様のお手製ですか?」
「そうよ、ずっと昔に作ったの」
リリスは生まれて二十年余り。外見そのままの短い人生しか送っていない。その彼女の「ずっと昔」は、おそらく十数年だろう。
「だが、オレがリリスの作った菓子を忘れるわけないぞ」
絶対に見極めるし、記憶に焼きついている。記憶力に妙な自信を見せる魔王の断言に、アスタロトとルキフェルは顔を見合わせた。リリスに関することなら、異常な記憶力を誇るルシファーだ。忘れたとは考えにくい。
もし今、3歳の春に着せた服リストを要求しても、あっさり毎日思い出して手持ちのコレクションと一緒に思い出も提示するくらいの能力があった。その彼が覚えていないのだ。リリスの思い違いか。そう結論付けた二人は同時に頷いた。
「あれはアデーレと一緒に作ったの。それで食べずに保管したのよ。後で出そうと思って忘れちゃったのね。なくなっちゃった」
状況は半分ほど理解できたが、どこへ保管し、どうやってルシファーが収納したのか。しかも収納した記憶がないルシファーが、唸る。
「そもそも収納した記憶がない。どうやって入ったんだ?」
「……ついにボケたんでしょうか」
「ルシファーって僕の五倍くらい生きてるじゃん」
気の毒そうに見つめる側近達に、むっとしたルシファーが言い募る。
「絶対にオレはしまってないからな!」
「当然じゃない、私がしまったんだもの」
またもや、リリスがとんでも発言をした。抱っこされたイヴは腕を伸ばし、さらにルシファーによじ登ろうとする。どうやら隣で首を傾げるアスタロトのツノに触れたいらしい。頑張るが、落ちそうになってルシファーに抱き直されてしまった。
「話が通じないな」
「いつものことです」
「リリスがしまったら、どうしてルシファーが引っ張り出すのさ」
「知らないわ」
自分の収納へ片付けた記憶があるリリスは、その後の焼き菓子の動きを尋ねられても知らない。素直にそう答えた。謎は深まるばかり。
「どちらにしろ、私がアデーレと焼いたのよ。美味しかった?」
「アスタロトのツノが変形したけどね。味は美味しかったよ」
ルキフェルが苦笑いする。立派になったツノを撫でたアスタロトも、ルキフェルを示した。
「ルキフェルの翼が一対増えましたよ。味は満足です」
「美味しかったならいいわ」
危険だから誰かに食べさせるのはやめよう。話の方向性が固まった大公達は、ひとまず焼き菓子を隔離した。
「あっ!!」
突然大声を出したルシファーに、全員が注目する。
「オレ、あの菓子を食べてないぞ」
リリスが作ったのに、味わっていない。すごく重要そうに言われ、ルキフェルが脱力し……アスタロトは二度目の説教の準備を始めた。
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