403.増えるのは最近の流行だろうか

 ピヨが再生中に増やした翼を調査したルキフェルは、異常なしと報告書を提出した。他に書きようがない。


 突けば反応するから感覚はある。言われた通り動かせるので、本人の一部と判断できた。飛んで機能を確認したいところだが、ピヨはまだ一人で飛ばせると危険だ。あれこれと検証した結果、痛みもないならこのままで……という結論に至った。


「うん、いいんじゃないか」


 ルシファーはあっさり報告書を受領した。こういった奇妙な事件や事故や、後日になって解決することが多い。この場で悩んでも疲れるだけなので、ひたすら記録して保管するのが賢いやり方だった。すぐ解決できないことに悩むのは無駄だ。数万年も生きてくれば、達観もここまで上達するらしい。


「では保管します」


 アスタロトも一切余計な発言はしなかった。彼やベールも考えたし、ベルゼビュートもあれこれ仮説を立てたが……どれも今ひとつしっくりこない。そこに加え、リリスが「知らないわ」と言い切ったことで、迷宮入りが確定した。


 便秘が治ったリリスはご機嫌で、イヴを抱いて奥様会に出席している。他の書類も片付け、ルシファーは執務室でお茶を淹れ始めた。普段は気づいたベールやアスタロトが行うが、気が向いたのと暇そうなのが自分だけと判断したのだ。


 空中に手を入れて茶菓子を取り出す。見覚えのないお菓子に首を傾げるが、腐るはずがないので問題ないと考えた。そのまま皿に盛り付ける。茶葉は部屋に常備しているので、丁寧に時間を計って淹れた。完璧だ、自画自賛しながら皆の元へ運ぶ。


「お茶だぞ」


「ありがとうございます」


「あれ? ルシファーがしたの? 珍しいね」


 アスタロトとルキフェルは、書類を置いて応接テーブルへ集まる。ベルゼビュートは辺境見回りで出かけていた。先日の温泉は、彼女が乱入しようとして結界に弾かれ、魔王一家は安心して別荘の露天風呂を楽しんだ。少し拗ねた女大公だが、アスタロトの説教で反省したらしい。素直に仕事へ向かった。


 ベールは希少種の出産が続いて、隣大陸から戻れなくなっている。虹蛇は卵を複数産んで混乱し、巨大な蝶の一族も芋虫の世話で大騒ぎだった。希少種が子を産んだら、ある程度の期間は保護される。生まれにくい上、卵が孵る前に死んでしまうことが多いからだ。


 洞窟内の虚空にある城へ卵や赤子を集め、安全を確保する方法が取られた。過去はそこまで生まれることはなく、それぞれの種族の巣穴や洞窟で見守ることが出来た。しかし現在は空前の出産ラッシュだ。一箇所に纏めなくては、面倒を見切れないのが現実だった。


「僕さ、明日からベールの手伝いしてくるよ」


「構わないぞ。行ってこい」


 許可を受けて、ルキフェルは並んだ菓子をぱくりと口に入れる。不思議そうな顔をして、もうひとつ口元に運んだ。今度はすぐに齧らず、匂いを嗅いでいる。


「ルシファー、これ……」


 何か変だよ? そう言いかけたルキフェルが、お菓子を落とす。ぐっと丸まって自分を抱きしめる姿勢をとった。


「え?! お菓子が原因か?」


 慌てるルシファーの前で、ルキフェルの背に竜の翼が広がった。ばさりと音を立てたそれは、コウモリなどに似ている。爪がついているが……問題はそこではなかった。一対しかないはずの翼が、なぜかもう一対ある。


「え? えええええ?!」


 大きな声を出した主君の傍で「うるさいですよ」と注意しながらも、アスタロトがルキフェルを凝視した。明らかに目の錯覚ではなく増えている。


 翼や羽は魔力量の証、そう言われてきた。色が白に近いほど魔力が多く、数が多ければさらに多い。ルシファーの翼が六対十二枚だが、これが最多だった。過去には漆黒で、つい最近純白になった経緯がある。


「……翼が増えるのが流行ってるのかな」


 ぽつりと呟いた奇妙な言葉に、アスタロトは「はぁ」と間抜けな相槌を打った。あり得ない。だが目の前で起きている。


「痛くなくなった。ねえ、僕の背中に何があったの?」


 痛みが消えたらしく、素直に尋ねる旧友に、なんと説明したものか。魔王と吸血鬼王は顔を見合わせ、溜め息を吐いてから鏡を用意した。

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