354.嫌いでも、お姉ちゃんになる練習

 顔を見せた子に、イヴは指さして「いやぁ!」と拒絶を伝えた。もちろん、お相手の子も同じだ。このテントは嫌だと泣いて訴える。だがミュルミュールやガミジンの采配にケチを付けないのが参加条件だ。もしどうしても拒絶するなら、参加を取りやめるしかなかった。


 仲直りさせるのが目的だろうが、拗れる予感しかない。大きく溜息を吐いたルシファーは、サライの親である巨人族の女戦士プータナーに挨拶をした。


「久しぶりだな。魔王チャレンジぶりか」


「魔王様、その節はお世話になりました。頂戴した盾は一族の誇りです。ところで……先日うちの娘の歯を折ったのは、姫君でしたか」


「あ、ああ……そうだな。治した歯に異常はないか?」


「全然平気です。巨人族ではあのくらい、日常茶飯事ですよ」


 あははと大声で笑うプータナーはあっけらかんとしている。娘サライは睨み合ったまま、イヴと膠着状態だった。


 ぬいぐるみの目をぶつけて歯を折ったのは事実だ。一触即発の雰囲気をどう修正したものか。これから妊婦の妻リリスを迎えに行くのだ。もし同室の親子と険悪なら、リリスを呼ぶのも考え物だった。妊婦に危害を加えるかと聞かれたら、首を横に振る。


 少なくとも戦った相手の本質は見極められるつもりだった。プータナーは見た通りの性格だ。問題は娘達の確執だった。妊婦が合流するのに配慮がなさすぎないか? 一言注意するつもりのルシファーだったが、プータナーの発言に動きが止まった。


「サライはイヴ姫が好きなんですよ。いつも家でイヴ姫の話ばかりで」


 ……もしかして、ぬいぐるみを奪おうとしたのはイヴの気を引きたかっただけか。声をかけるきっかけや仲良くなろうとして失敗したなら? 親としてどう対処するのが正解か。うーんと考えるルシファーの腕の中で、イヴは「めっ、嫌っ」とサライを指さす。


 そのたびにサライは泣きそうな顔で「嫌い」と叫んだ。どう考えても拗れただけの友人候補だ。聞いて驚いたが、サライはイヴより一回り大きいのに年齢は半分だった。つまり中身はかなり幼い。経験も少ないから、構って欲しくて手を出したのだろう。


「こういうのは母親に任せた方が拗れないですよ」


 一般的な見解を述べるグシオンを振り返り、「リリスだぞ?」と確認する。はっとした顔で「すみません」と謝られた。いや、それも対応としてどうなのか。ある意味失礼だが、リリスが混乱をさらに加速させる可能性が高いことだけは共通認識だった。


 イヴは唇を尖らせて、不満を表明する。その様子に触発され、サライも機嫌を損ねた。互いに不幸な行き違いだ。どこかで掛け違えたボタンを直してやる作業が必要だった。別に憎しみ合う理由はない。


「イヴ姫、私を覚えていますか?」


「マーリーンのママ」


「そうです。よく話を聞いてくださいね」


 最後に入ってきた親子と、魔王親子の様子をきょろきょろ見比べていたイポスは、近付いて視線を合わせた。膝の上で膨らませた頬を、ぷすっと自分で元に戻す。イヴは小さく頷いた。


「お話、聞ける。お姉ちゃんになるんだもん」


「あのサライという子は体が大きいですが、イヴ姫より赤ちゃんです。小さい子に優しくできない姫様では、お姉ちゃんになるのは無理ですよ」


 なるほど、そちらへ話を振るのか。母親が早くに亡くなり、父と暮らした記憶しかないイポスだが、親戚に恵まれていた。預けられた先で、叔母や祖母は他の子と分け隔てなくイポスを育てたらしい。その影響だろう。


「お姉ちゃん、無理?」


「リリス様が産むお子様のお姉ちゃんになりたいなら、先にサライちゃんで練習したらどうでしょう」


「……れんしゅう」


「上手なお姉ちゃんなら、赤ちゃんも嬉しいでしょうね」


 考え込んだイヴは、ぽんぽんとルシファーの膝を叩く。下ろしてくれと訴える我が子を、優しく床に置いた。柔らかな絨毯が敷き詰められた上をぺたぺた歩き、イヴはサライの前で止まる。


「仲良ししよう」


 自分から手を伸ばした。

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