353.名残惜しいが数十分後に合流する家族

 見送り組の妊婦3人に、夫達は後ろ髪を引かれていた。娘や息子が参加するキャンプのため、二泊三日離れる。寿命から見たらほんの僅かな時間だが、とにかく心配なのだ。


「いいか、リリス。困ったことがあったら、アデーレ……は休暇中か。ルキフェル……も同行してたな。えっと、オレを全力で呼べ」


 どこからでも駆け付ける! 魔王の言葉に、リリスは素直に頷いた。幼い頃から、いつでも呼べば助けに来てくれた。それは疑わない。ただ距離があるのが寂しいだけだ。キャンプ地に着いたら、また迎えに来てくれる約束だった。


「待ってる」


「ああ、キャンプする池に着いたら、迎えに来る」


 大公女であるシトリーやレライエも同様で、一度置いていくが、初日と最終日の昼間だけ一緒にいられるよう手配した。さすがに、リリスだけ特別扱いは申し訳ない。友情に亀裂が入りそうだし。


「ライ、気をつけてね。転ばないでね。僕がいない所で転んだら、下敷きになってあげられないから」


「安心しろ、アドキスに関係なく転ばない」


 安心したらいいのか、関係ないと言われて泣いたらいいのか。複雑そうな翡翠竜は、置いていく方というより置いていかれる側の表情だった。


「シトリー。鱗を渡しておくよ」


「また剥いだの? 痛いでしょう。でもありがとう」


 神龍系の炎龍であるグシオンは、鱗による呼び出しが使える。鱗に魔力を込めて名を呼ぶと、召喚魔法が発動するのだ。魔法陣と違い、緊急呼び出しなので問答無用で召喚される。そのために鱗を剥いで渡しておく必要があるが、その激痛は串刺しに匹敵するらしい。


 生え替わりの時期に大量に保管しておく龍もいるが、剥いですぐの方が呼び出しが早いとか。残留する魔力が消えてしまえば、鱗があっても呼び出せないらしい。その辺は万能ではない。まあ、落ちた鱗を使って呼ばれても迷惑なのだが。


 長々と別れを惜しむ魔王、炎龍、翡翠竜は、ミュルミュール園長に強制回収された。伸びてきたドライアドの根は、油断しまくりの3人を絡めとる。その腕には、それぞれに息子や娘が抱かれていた。


「うわっ」


「びっくりした」


 驚いたものの、怒り出す者はいない。こうして無理に引き剥がしてもらわなければ、名残惜しくて離れられない自覚があった。用意された魔王軍の魔法陣を利用し、5組ずつ転送していく。


「魔王様はこちらへ」


 グシオンやアムドゥスキアスと一緒に魔法陣へ下ろされ、一瞬で飛ばされる。すぐに魔法陣から降りなければ、後続の転送者とぶつかってしまう。移動した先で、ガミジンが組わけを行っていた。


「魔王様とイヴちゃんは3組ですね。グシオンさんとキャロルちゃんも一緒です。アムドゥスキアスさんとゴルティー君は、2組へどうぞ」


 着替えなどの問題もあるので、テントは女の子と男の子で分けたらしい。すでに魔王軍の精鋭達がテントを建てていた。用意されたテントの中は、カーテンで仕切れるようになっている。軍人であっても個人の時間は必要だし、欲しいと要望があって付けたカーテンが役立った。


 現在はカーテンがすべて開けた状態だ。中に用意されたベッドは全部で4つ。魔王ルシファーが左奥、グシオンが右奥に陣取った。まだ残り二つは誰もいない。


「あ、同室なんですね。よろしくお願いします」


 育児休暇終了間際のイポスが入り、なるほどと納得した。リリスの護衛が別のテントでは困る。少し考えれば思い至ることだった。娘のマーリーンと手を取り合い、イヴは大喜びだ。


 最後のひと枠は、誰になるのか。そこで何とも嫌な予感がした。もしかして……いや、そんなはず。でも可能性は高い。ぶつぶつと呟くルシファーが予想した親子が、ひょっこり顔を見せた。

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