355.魔王vs初代勇者の絵本は人気

 驚き過ぎてサライが固まる。その手を掴んで、イヴはにっこり笑った。お姉ちゃんという呼び名が、今のイヴを動かしている。そう考えると、凄い変化だった。


「弟妹ができると、こんなに違うんだな」


 感心する間に、照れて真っ赤になったサライを連れて、イヴは中央へ移動した。マーリーンやキャロルも交え、楽しそうに遊び始める。今度は顔を叩いたりしないだろう。


「イヴ、リリスを迎えに行くから待っててくれ」


「うん、いいよぉ」


 機嫌よく承諾する娘の気が変わらぬうちに、イポスへ護衛を頼む。それから大柄な巨人族のプータナーにもお願いした。グシオンも一緒に、シトリーの迎えに出てしまうのだ。女性ばかりになるため、テントに結界を張っていく説明をした。


「それなら構いませんよ」


 あっさりプータナーは承諾する。大き過ぎる体をテントに入れるため、魔法陣を使用していた。目線がやや高い彼女へルシファーはぺこりと頭を下げる。


「うちのイヴが、サライにケガをさせた件、申し訳なかった。一度きちんと謝罪したいと思っていたんだ」


「構いません。子どものしたことですし、何よりあの子は兄弟姉妹によくやられてますからね」


 巨人族は子どもをまとめて育てる。誰の子ではなく、全員一緒に集落の子になるのだ。産んだ母以外に懐いて、その家の子として寝起きすることもあるらしい。逆に未婚でも人気があり、子を育てる若者もいた。だから同じ集落の子は、全て兄弟姉妹に分類される。


 戦闘能力に特化し、他種族の護衛や代理決闘を受ける仕事が多い巨人族ならでは、だった。出稼ぎする親の代わりに、残った集落の者達が纏めて育てたのが、始まりだ。分け隔てなく子育てする姿勢は、他種族から参考にされた。


「ありがとう。子育ての先輩なんだ、いろいろ教えてくれ」


「いいですよ、代わりに一手指南してもらえたら」


「キャンプの後で良ければ」


 互いにがっちり握手を交わし、グシオンを連れたルシファーは転移で消える。残されたテント内で、子ども達は走り回った。ベッドの下に潜り、上を走り、荷物の箱を飛び越える。その運動量は感心するほどだが、見守る親は疲れてしまう。


「絵本を読むぞ」


 イポスが取り出したのは、魔王と初代勇者が戦った絵本。魔族の間では有名な逸話を、子ども用に砕いて分りやすく描いてある。目を輝かせて集まった4人に、イポスは声色を変えながら読み始めた。途中でプータナーも混じり、まるで紙芝居のように進んでいく。


 この絵本はかつて、リリスが保育園で劇をした際の演目になった。魔王が負ける直前のシーンを描いた挿絵が、保育園の壁に彫刻された曰く付きの作品だ。


「おしまい」


 最後まで読み終えたところで、プータナーが首を傾げた。


「魔王様はどうしたんだ?」


「陛下の転移なら、リリス様のお迎えもすぐのはずですが」


 イポスも不思議そうに呟く。そこへ絵本に感化された子ども達が、奇声を上げながら駆け回る。ベッドの枕を投げて騒いだあと、勇者と魔王に分かれて遊び始めた。


「私のこの胸を、つらく?」


「つらぬく」


 言葉に関して物覚えがいいキャロルが修正を入れ、劇のように遊びは展開されていく。ほのぼのしながら見守るイポスとプータナーは知らなかった。テントの外で「あちゃー」とグシオンが額を押さえ、ルシファーががくりと肩を落とす。それぞれの嫁は顔を見合わせて苦笑いした。


 物語の佳境部分で帰ってきてしまい、終わってからにしようと思ったが、熱演される絵本の朗読は、魔王に思わぬダメージを与えた。ある意味、魔王チャレンジより抉ったことをプータナーが知るのは、キャンプ終了後だった。

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