349.保育園は親の教育も行うようです

 どの家庭でも同じだろう。上の子は、新しく家族が増えることを喜ぶ。だが実際に産まれてみると、考えが変わるのだ。今まで自分が世界の中心だったのに、弟妹にその立場を奪われた、と。


 大好きな母は弟妹を優先し、父も「姉だろう」「兄だろう」と言い聞かせて叱る。後回しにされても、次は自分の番だと待ったのに……結局また赤子にかかりっきり。そんな経験を何度も繰り返すことで、対応が二つに分かれる。


 兄や姉としての自覚を持ち、我慢する。もしくは己の立場を脅かす者を排除するか。恐ろしく聞こえるだろうが、経験値の少ない子ども達は簡単に極論へ走るのだ。


「というわけで、弟妹が出来たご家庭の子は荒れます」


 琥珀竜ゴルティーを見張るつもりで、こそこそ教室を覗いていたルシファーは、ミュルミュールに捕まった。父親としての経験が足りないルシファーへ、イヴが赤子に危害を加える可能性を示唆する。実際、イヴは気に入らないと誰かを叩くなどの行為が見受けられた。


 今回の騒動もこれに含まれる。サライが先に攻撃したとしても、イヴは歯が折れるほどの攻撃を彼女へ加えた。たまたまぬいぐるみの目が当たったとしても、サライの親は結界を持たせていたのだ。それを無効化してまで叩いた行為は、過剰防衛だった。


 ゴルティーの監視任務をひとまず置いて、ルシファーは真剣に話を聞く。


「なるほど」


 対策を考えるべきか。イヴに我慢を教えるのも大切だし、誰かと分かち合うことも覚えさせたい。唸るルシファーへ、ミュルミュールは笑顔で提案した。


「先日のお泊まり保育は、精神的な発達に効果がありました。二泊三日のキャンプを計画してはどうでしょう。森の中で過ごし、自分達で食糧を調達する。もちろん、ご両親の同伴は可能ですよ」


 現在も保育園の管理を行うドライアドのミュルミュールは、少し年長の保育園児のイベントに幼子ばかりの保育所を混ぜてはどうかと言う。危険はさほど問題にならない。人族が消えた今、魔族に危害を加える種族はいないからだ。


「海辺でもいいですが、海の魔族とは交流がないので」


 そちらの管理は丸投げのルシファーも、海辺の案は却下した。


「海はやめよう。溺れる可能性もあるからな」


 川や湖でも同じだが、少なくとも森の中ならドライアドが助けられる。他にもドライアドの保育士が勤務しているので、任せるなら森の中だろう。魔物対策なら、ヤンを護衛につければ済む。森の王者フェンリルの先代王がいれば、魔物も襲ってこられない。


「空を飛ぶ種族にも声をかけるか」


 安全対策を万全にするなら、飛べる種族の協力も必要だ。幼子達の親にドラゴンやペガサスがいれば、都合がいい。あれこれと詳細を詰めてみたら、意外にも万全と思える企画に仕上がった。


「これを纏めて、審議にかける。許可を貰って来るから、準備は任せるぞ」


「ええ、お任せください。申請の方、お願いします。あと、場所も選んでいただけますか」


「わかった」


 大急ぎで帰っていくルシファーを見送り、ミュルミュールは溜め息を吐く。


「魔王様も悪気はないのよ。ただ娘が心配なの。でも近づく男友達をすべて牽制されたら、イヴちゃんの世界が狭まっちゃうわ」


 呆れ混じりの苦笑い。こっそり聞き耳を立てていたガミジンは、肩を竦めた。


「リリス様の場合は未来の魔王妃に決まっていたから、ある程度見逃したけど……イヴちゃんは違う。きっちり区別してもらわないとね」


 義理の娘で未来の妻、本当に血のつながりがある娘。同じように扱われたら困るわ。園長先生は腕捲りをした。


「さあ、忙しくなるわよ」

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