347.だってあの子が悪い!
まだ体調が回復しないリリスを先に眠らせ、イヴとお風呂に入る。昼間のケンカは本人の中で消化できたのだろうか。お湯に浮かんだタオルを叩き、イヴは時折ルシファーを見上げた。
何か質問があるのか。そう思ったルシファーは、膝の上へ引き寄せた。イヴの背中を胸につけて、顔を合わせない姿勢を作る。
「イヴ、内緒の話をしようか」
「ないちょ?」
「そうだ。リリスに黙ってるんだ。オレの秘密をひとつ教えるから、イヴも何か教えてくれ」
「……うん」
考えて飲み込んでから頷いた。愛娘の頭のてっぺんに顎を当てて、体を左右に揺らす。一緒に揺らすイヴは楽しそうに声を立てて笑った。合わせるようにお湯が大きく揺れる。いつもは自重を求められる遊びが、子どもには魅力的なのだ。
「まだアスタロトやベールにバレていないが、視察の時にミスって山に穴を開けた……上からそっと土を被せて誤魔化したんだ」
「パッパ、悪いことしたの?」
「ああ、それを言わないで隠したんだ。すごく悪いことだぞ」
実際、まだバレていない。幸いにして誰の領地でもない空白地帯だった。今も山の形は同じに見えるが、内側に空洞がある。ちょっと褒められてその気になり、勢いよく吹き飛ばしたのだが、バレなかった。山崩れもなく安定している。
パパの悪い話を聞いて、イヴは真剣に悩んだ。嫌われる心配はしない。パパもママもイヴを好きだから。疑わないけど、怒られるかも知れないと思った。だから言わないで隠しておきたいけど。ちらりと見たルシファーは、内緒だと言った。
「うんとね、私……お姉ちゃんになれない? ごめんねしなかった」
やっぱり気に病んでいたのか。聞き出せたことにホッとしながら、ルシファーは先を促した。
「ごめんねは誰に?」
「サライちゃん」
「オレは嫌な子に謝れなんて言わないぞ。謝る時は、反省した時だけ……えっと、悪いと思ったときだけでいい」
反省が理解できずに首を傾げる娘に、ルシファーは言葉を選び直した。
「もちろん謝れたら褒める。でも謝れなくても、イヴは可愛いオレの娘だし、立派なお姉ちゃんになれる」
お姉ちゃんになれる。その言葉を噛み締めるように口の中で繰り返したイヴは、照れ隠しでお湯を大きく揺らした。跳ねたお湯が顔にかかり、イヴとルシファーは顔を見合わせて笑う。
「リリスやアスタロトには内緒だぞ」
「うん、私もママに内緒」
にこにこと指切りの歌で約束を交わした。リリスが幼い頃、同じように約束をいくつも結んだことを懐かしく思う。
大きすぎるベッドで眠るリリスから少し間を開けて横になれば、隙間にイヴが潜り込む。もそもそと位置を直し、イヴはご機嫌で「おやすみ、パッパ」と声を上げた。妻にそっくりの黒髪を何度も撫で「おやすみ」と返す。眠りはすぐに訪れた。
解決したはずの事件が蒸し返されたのは、翌朝の保育所の玄関だった。子ども用の靴入れがあるため、大きな玄関が用意されている。魔獣の子は足を洗い、拭いてから保育所に駆け込んだ。イヴも靴を脱いで、決められた場所に入れる。
離れた位置で微笑ましく見守るルシファーの目の前で、事件は起きた。後ろから近づいた子が、イヴの背中を押したのだ。幸いにして頭を打つことはなかったが、驚いたイヴは後ろの子を蹴飛ばした。
「イヴ、無事か?」
慌てて抱き上げると、イヴは唇を尖らせる。不満があったり、泣きそうになると見せる仕草だった。今は泣きたいのだろう。胸にイヴの頭を押し付ける形で抱き、叱られた子どもを見下ろした。
「なぜ押したんですか? 危険でしょう」
ガミジンが注意する先で、女の子はルシファーに抱かれたイヴを指差した。
「だって、あの子が悪い! サライを泣かせたもん、大嫌い!」
「リアラちゃん!」
叱りつけるために名を呼んだ後、ガミジンは口を押さえた。だが時すでに遅し。リアラと呼ばれた女児は、大粒の涙を溢して泣き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます