318.戦い終わって、叱られて

 何もトラブルがなく終わっていた頃、退屈だと感じた。それが今は懐かしい。ぼやきながら、振り返る。倒したナメクジもどきは灰になっていた。


「あっ!」


 新種かも知れないから、捕獲しないといけなかった? もしかしたら言葉の通じる魔族だったかも! あたふたした後、ルシファーは証拠隠滅を試みた。


「今、ここで何も起きなかった。見なかった、聞かなかった。魔法も使ってない、いいな?」


「よくありません。当事者に口止めとは、また後ろめたい出来事でもありましたか?」


 背筋がぞわりと震えたルシファーは、振り返らずに逃げようとする。だがリリスやイヴを置いて行けない。迷った末に、ぎりぎり持ち堪えた。


「いや、何もなかった、ぞ?」


「そうですか、何もなかった人はそのような発言はしませんよ?」


 アスタロトは笑顔だった。疑問系なのに、明らかに断定してきている。器用な話術に翻弄され、徐々に化けの皮が剥がれていく魔王。


「お、お前が怖いから、つい」


「おや、失礼なことを。大公女や子どもを巻き込んで、そのように粗末な言い訳で逃げられるとお思いですか」


「だから、何もなかったんだ」


「では翡翠竜に尋問しましょ……「ナメクジのお化けが出ました!」」


 被せてアムドゥスキアスが叫ぶ。


「僕のライを襲ったんだ。彼女の悲鳴が聞こえたから、僕は正当防衛だよ」


 しっかり自分を擁護し、逃げる。妻の胸に顔を埋め、アスタロトに背を向けた。尋問される前に、自白すれば罪は軽いはず。竜の尻尾がくるりとレライエの腕に絡みついた。絶対に引き離されないと決意が滲む。


「レライエ殿、正しいですか?」


「あ、ああ。ナメクジがいたので悲鳴をあげたし、攻撃もされた」


 私は攻撃されなかったが……そんな副音声部分もアスタロトは聞き取ったのか。笑顔が少しばかり引き攣る。


「他に攻撃されたのは?」


「はい、私です」


「反撃は私も参加しました」


 尋ねられて素直に名乗り出る大公女達は、堂々としていた。びくびく怯えるルシファーに、アスタロトは溜め息を吐く。どうして自分が悪くないと言い切れないのでしょうね。そう心で呟くが、自分が脅し過ぎた自覚はあった。


「アミーが襲われ、魔王様が助けてくれたんだ」


 ゲーデが救いの手を差し伸べた。最初にナメクジに遭遇したのは、息子アミーである。助けに来たフェンリルや魔王は悪くない。きっぱり言い切る彼は、最愛の息子を抱き締めた。


 ぐるりと見回すが、ルシファーを咎める発言は聞こえない。それが答えだった。何より、ルシファー自身が攻撃されているとなれば、正当防衛が成立するだろう。


「わかりました。不問にしましょう……それよりも大切なことがあります」


 もったいぶって言葉を切るアスタロトに、ごくりと皆が喉を鳴らす。唾を飲む所作が終わったタイミングで、再び口を開いたアスタロトの発言は至極当然で、同時にとても大切な事だった。


「みなさん、遅刻ですよ」


 さらりと言われた内容を頭の中で繰り返し、レライエやルーシアは口に出した。


「遅刻?」


「え、本当だわ。遅刻よ」


 騒いだ大公女達が、我が子を抱いて走り出そうとするのを、ルシファーが止めた。


「緊急事態だ、許せ」


「仕方ありません、後で始末書だけ書いてください」


 アスタロトが容認したので、全員をルシファーの結界が包む。その結界の下に魔法陣が現れ、一瞬で転移した。人数が多いうえ、ヤンが大きい。出現する場所をきちんと確認したルシファーは、広い場所を選んで終点とする。そこは……お披露目のステージ上だった。


「……始末書に謝罪文も付けてください」


 額を押さえたアスタロトに反論できず、注目を浴びた魔王一行はステージから降りる。ヤンも小さくなって後ろに従った。


「我が君はどうにも……お茶目すぎるのですな」


 物は言い様である。

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