254.地図を赤く彩った変化

 調査が終わるまで、2日間を要した。その間じりじりしながら待った上層部は、報告書を手に幹部会議を開いていた。


「何人いない?」


 辺境で行方知れずの子は5人、ラミアが1人。ベルゼビュートが報告した以上の人数は報告されなかった。内側や隣の大陸での行方不明者はない。報告書を片手に、ルシファーは唸った。


「これでは、人族がいた頃と同じだ」


「爆発的な繁殖力を誇る種族ですので、増えた可能性は?」


 アスタロトが疑問を口にした。こうして疑問を提示して潰すことで、問題を洗い出す手法だ。普段から彼が使う方法だが、ベルゼビュートが淡々と否定した。


「ないわ。彼らの成長速度は成人まで16年前後よ」


 各国を滅ぼして20年余り。人族自体を殲滅した頃から数えても、16歳前後だった。あの騒動の最中に生まれたと仮定しても、戦える年齢になるまで早すぎる。殲滅され国が消えた人族は、徐々に数を減らした。全滅させる必要はないが、助けの手も差し伸べなかったのだ。


 厳しい季節の変化に対応できない人族は、子どもの死亡率が高い。魔力もほとんどないので、この世界で生き残るのは生まれた数の半数程度だろう。そんな彼らが、組織立って行動できる数に増えるはずがなかった。その数を監視するための辺境管理だった。


 責任者であるベルゼビュートが言い切った通り、人族が分裂でもしない限り可能性はゼロに近い。


「魔族同士で争った形跡は?」


「それも確認されていません」


 魔族の長い歴史の中で、他種族と争い子どもを攫った事件があった。人質として盾に使ったのだ。その一族は魔王と大公の粛清を経て、改心した。その後、子どもを保護する法が制定された経緯がある。法や子どもの保護が浸透し、様々な種族が養子をとって育てる今、愚かな行動に出る魔族はいない。


 子どもに手を出すことは、最大のタブーなのだ。誰もが考え込んでしまった。


「陛下、ルキフェルがこちらの資料を」


 ベールが差し出した報告書は、魔力の観測結果だった。魔力は常に森に満ちている。海は観測対象外だが、陸地は継続的に調べていた。この魔力が偏ったり、どこかで途切れると災害が起きる。その法則に気づいた1万年程前から、ルキフェルの研究所が定期的に報告書を上げていた。


 前回の定期報告は1ヵ月前で、今回は異例だった。変化がなければ1年に一度報告される魔力変動推移の表は、大きく乱れている。災害が起きるか、起きた証拠だった。


「これは……」


 地図を広げ、ルシファーが魔力の変動が起きた地点を色づける。変動が大きいほど赤く染まる地図は、辺境に赤が集中していた。


「……すっぽん事件の時も、変動がありましたね」


 似たような波長だと眉を寄せて指摘するアスタロトの指が、すっと赤い地域を示す。


「ここ、ラミアの里と被ります」


「エルフと魔狼の子は一緒に遊んでいて行方不明になり、魔熊の子は単独でこの辺り……リザードマンはよくラミアの領域に顔を見せるわ」


 ベルゼビュートも状況を付け足していく。ラミアの里周辺で人が消えている事実に、ルシファーの決断は早かった。


「オレが出向く。リリスとアスタロトは城の留守を頼む。ベールはルキフェルと調査結果を纏めろ。ベルゼ、ヤン、来い」


「はっ、我が君」


 同族の子が消えたと聞き、そわそわしていたフェンリルは大急ぎで駆け寄った。ベルゼビュートは、我が子を夫に託して指を鳴らす。一瞬でドレスを着替えた。


「行って来る」


 歩き出したルシファーに、翡翠竜が駆け寄った。


「僕も行きます」


 災害担当として見逃せない。そう言い切った彼に頷き、一行は急いで転移可能な中庭へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る