255.不安解消の避難所開設

「変ね、お母様から特に何も連絡がないのに」


 リリスは不思議がっていた。魔力の流れが変化すれば、以前のように知らせてくれる。そう考えていた。今回はルキフェルの観測結果に大きな変化があったのに、母リリンから何も連絡がない。眠っている時期だからか、そう考えたが違和感があった。


「ちょっとお母様に聞いて来ようと思うの」


「今はおやめください」


 一緒に留守を守るよう命じられたアスタロトは、迷惑そうに眉を寄せた。これでリリスが行方不明になったり、騒動を起こせば問題が大きくなる。長い治世を共に支えた大公として、彼が学んだことのひとつだった。


 ひとつの事件が起きた時は、それが解決するまで新たな事件を起こさない。当たり前なのだが、意外と守られないルールだ。今のリリスのように、解決のためや良かれと思って行動する者が現れる。それが良い方へ働けば助けになるが、悪い方へ働くと新たな騒動の火種となった。


 可能性が半分半分でどちらに転ぶか不明の時は、動かない。それがアスタロトの決めたルールである。実際、このルールで大きな失敗はなかった。そう説明され、不満に思いながらもリリスは納得する。


「わかったわ。ここにいましょうね、イヴ」


「ぶぅ」


 母同様に不満を表明するイヴだが、大人しくリリスの腕に収まっている。最近重くなってきた娘を、軽量化の魔法陣が入ったおんぶ紐で支えるリリスは、膨らんだイヴの頬にキスをした。


「子どもが行方不明だなんて、親も耐えられないわ」


 心配を口にするリリスに、集まった大公女達も頷く。全員が母であり、我が子を大切に育てている。もし行方不明になったらと想像するだけで、ぞっとした。顔を見合わせた彼女達は、一斉に口を開く。その内容はすべて、親達を慰めたいという申し出だった。


「残念ですが、彼らと会うための移動は認められません」


 人が分散するだけ危険度が増す。どのような状況や条件で神隠しが起きているか、判明するまで同じ場所で纏まっていることが自衛策だった。アスタロトの説明に、彼女らも納得する。噂を聞いた人が自然と集まり、魔王の執務室は人が溢れ始めた。


 理屈で説明できず、原因が判明していない「神隠し」に対する恐怖が、人々の足を安全な場所へと向かわせる。最強の純白魔王が不在でも、その執務室は安心できる気がした。あまりに増えていくので、アスタロトは苦笑いして指示を出す。


「謁見の間を使いましょう。事件が解決するまで、避難所とします」


 過去に実例のある命令は、大公の権限で発令可能だ。大規模な暴動や災害が起きた場合など、民の生命に危険が及ぶと判断した時に、謁見の間を利用する。そういった使い方もかねて、大きめに造られた部屋だった。


「準備に入ってください」


 聞いていた侍従長のベリアルが走り出し、侍女長のアデーレも侍女を束ねて動き始める。現時点で魔王城に留まっているのは、使用人やその家族ばかりだが、今後は保護を求めて逃げ込む民も計算しなくてはならない。


「部屋が足りませんね。使える客間、及び我が居城も使うとしましょう」


 あれこれと采配するアスタロトの様子を見ながら、リリスとシトリーは「子ども部屋」を用意する提案をした。幼子がいればどうしても泣く。気が立っている状況では、乱暴に叱る者が現れるかも知れなかった。事前の対策を打ちながら、女性ならではの視点で意見を出す。


 大公女達の本領発揮はこれからだった。ルーシアは非常用食料のチェックに走り、毛布や日用品の在庫表を手に動くルーサルカ。レライエは各種族へ避難所設置の連絡を担った。各地で貴族の館が避難場所に指定され、子どもがいる家庭は優先的に逃げ込むことが可能だ。


「僕の手伝うこと、残ってる?」


 水色の髪をぼさぼさに乱したルキフェルが飛び込んだ時、すでに手分けして大公女達は動き出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る