225.違和感と不安に似た感情

 監視業務が一転、ドワーフと町を作ろう作戦に変わった。だがこの程度の変更に驚くようでは、魔王陛下の元で軍人を名乗れない。何しろ過去には、演習に出た先で大陸をひとつ沈めた伝説もあるのだから。過去の先達から聞いた嘘のような本当の話を思い出し、ドラゴン達は素直に木材運びを手伝った。


 魔法があるお陰で、運ばれた石や木材は素早く組み上げられていく。人族のようにロープや道具を使わないので、近くに民間人がいても危険度は少なかった。ドワーフ達は器用に彫刻を施した柱を立て、天井に切り込みを入れて天窓まで作り始める。


 ふんだんな予算のお陰で、水晶による天窓を備えた建物が並んで建てられた。温泉地の湯を転移で運び、風呂が作られる。真っ先に風呂と食料貯蔵施設が建てられたのは、ドワーフならではだ。お酒とツマミを確保した上で、風呂に入る予定だろう。


 作業手順が己の欲望に忠実なのは、魔族の特色だった。


「他の建物は明日ですか?」


「あん? そうだなぁ……大きな屋敷は明日の予定だが、小さな宿泊所はいくつか作れるぞ」


 親方は図面を見ながらあれこれ指図を出すと、空軍のドラゴンの背に飛び乗った。事前に話を付けていたようで、彼は空高く舞い上がる。ぐるりと周囲を見回し、目印を書き込んで地上に戻った。


「おう! ここらに小屋建てるぞ」


「「へい」」


 気合の入った返事があり、ドワーフ達は小柄な体に見合わぬ怪力で道具を抱える。材料を抱えた巨人が後ろに続き、目印を頼りに小屋を作り始めた。それを眺めながら、監視業務に専念していたベールが肩を竦める。どうやら今夜はテントではなく、小屋に宿泊できそうです。


 安堵の息を吐いたベールだが、ふと違和感を覚えた。歌や声らしきものは聞こえないが、ざわざわと胸が騒ぐ。不安に似た感情が浮かんで胸の奥に溜まった。


「何、が?」


 違和感の正体を確かめようと見回すベールの眉が寄る。気のせいだろうか、人数が足りない気がした。あちこちに散らばって働く軍人の数を目で数え、それから協力者として合流した種族のリストを頭の中で辿る。吸血種、ドラゴン、巨人、虹蛇……そこで気づいた。


「ペガサスを見た者は?!」


「あ? 空じゃ……ありゃ、いねえな。さっきまで飛んでたのに」


 親方が見上げた空に、白い翼をもつ馬の姿はない。彼らは幻惑や魅了に耐性があるため参加した。全部で3頭、交代で空を見張ることになっており、現在は2頭が地上で休んでいる。つまり、空で任務にあたっていた個体が足りないのだ。


 ドワーフの親方がドラゴンに跨り空から地上を眺める様子を見上げた際、視界に入らなかった白いペガサスが違和感の正体だった。いるはずの者がいない。その感覚を言葉で理解するより早く、本能が指摘した危険だ。


「海へ行きます。軍から3名のみ同行を許します」


「私が!」


「俺も行くぞ」


 手を挙げたドラゴンが2人、そこにイポスも名乗りを上げた。これで3人、彼らに追跡用の魔法をかけてから、同行の許しを与える。騒ぎ始めたペガサスを、他の種族が宥めて繋ぎ止めた。その間にベールはイポスとドラゴン達を連れて転移する。


 歌が聞こえて誘導されたなら、必ず海辺にいる筈。間に合うだろうか。預かった魔族の民を傷つけることなく帰せるよう、ベールはそれだけを願いながら浜辺に立った。


「これ、は?」


「初めて見る種族だわ」


 目を見開いたベールの斜め後ろで、イポスがぽつりと呟く。上半身は人の姿をし、下半身は魚。初めて遭遇した彼女らは、尻尾で水面を叩いた。そのすぐ脇で、膝関節まで海水に入ったペガサスが歌う。幻想的な光景に彼らは状況を忘れて見入った。

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