226.婚活の一環でした

 歌が一段落したところで、ペガサスに事情を尋ねた。彼が言うには、美しい歌声が聞こえたらしい。だが魅了や誘惑ではなく、自ら進んでここへ足を運んだのだとか。理由は、歌のお返しをしたかった……あまりに純粋で単純な返答だった。


 大騒ぎになったことを伝え、仲間も心配していたと付け加える。申し訳なさそうに項垂れるペガサスだが、危害を加えられた様子はなかった。それどころか、女性と魚を足して割ったような海の種族と会話が出来ると言う。


「言葉が通じているのですか?」


「念話に近いですが、意思の疎通が取れます」


 ペガサスやユニコーンは幻獣に分類され、彼ら独自の波長で会話を行う。いつしか共通の言語を操れるようになったが、それも念話に近い状態で使用していた。馬の口先で、人の使う発音は不可能なのだ。現在の会話も、空気を振動させて伝えていた。


「なるほど。ならば魔族分類で登録が可能ですね」


 見た目が麗しい女性の姿に、下半身が魚……どこかで見たような? と首を傾げたイポスがぽんと手を叩いた。


「ベール様、ラミア達と似ています」


「確かに似ています。人の上半身に鱗のある下半身。何より女性ばかりのところがそっくりです」


 一度、ラミア達と話をさせてみようと決まった。海と陸に分かれているが、先祖がつながる可能性もある。仮に人魚と名付けられた彼女達は、歌を使って異種族の雄を呼び寄せる習慣があると判明した。


 繁殖期が近づくと理想の雄を呼ぶために、こうして海辺に集まって歌うのだとか。今回の騒動の原因が判明したことで、ベールはほっと息をついた。これで魔王城に戻れそうです。そんな顔で柔らかく微笑む。


 途端に、人魚達は歌い始めた。どうやらベールの微笑みは、彼女達のお気に召したらしい。歌のうまい個体を選べと誘いかけてくる。


「残念ですが、私は幻獣達の頂点に立つ者です。魅了されることはありません」


 ぴしゃりと要求を退け、誘惑に乗らないと否定した。残念そうにしながらも、人魚達は歌をやめる。一定の条件に叶う者を思いながら歌うことで、呼び寄せる力を宿す。人魚の歌は求愛の響きだった。


 そのため求愛対象から外れる子どもや、既婚者は効果が出ない。未婚で魅力があり、欲しいと思わせる強者が条件だった。そう考えれば、すでに妻を失ったヤンや、まだ未婚のルキフェルが対象になるのも頷ける。


 海に訪れたことがある者のみに限定されるのも、惚れた人魚の求愛である証拠だった。ルシファーやアスタロトは既婚者であり、女性で魅了された者もいない。そう考えれば、なるほどと納得できた。


 さらさらと調査内容を記載し、今後のために歌をやめてくれるよう伝える。しかし彼女達にとっても種族の存亡に関わる内容で、簡単に了承できなかった。


「滅びろと命じる気はありません。少しの間です。その間に未婚で番える若者を募集しましょう」


 こちらが候補を提供するから、それまで歌わずに待ってほしい。連れて来た者の中に気に入った男がいれば、そこから先は自由恋愛となるので問題ない。そう伝えれば、彼女達は目を輝かせた。


 数年に一度の繁殖期に、気に入った雄を見つけることが難しかったらしい。陸の種族と番う可能性が広がり、嬉しそうな顔を見せる。


「ところで……その、上に何か着ないのか?」


 ついて来たドラゴンの青年が、真っ赤な顔で尋ねる。その視線が釘付けになる先は、たわわに揺れる胸の膨らみだった。人魚達は上半身が裸なのだ。臍のあたりから鱗に覆われているものの、水から出た裸は刺激的だ。少なくとも、ラミアは上に服を羽織っていた。


「海で泳ぐのに邪魔なの」


 平然と笑う彼女達の指先がきらりと光る。水掻きで繋がる指の爪は鋭く長かった。扇情的な姿を平然と晒す辺りから、海では強い部類に入るのだろう。


「……対策を練ってから見合いを計画しましょう」


 ベールは額を押さえて唸った。その後、アベル達に「婚活パーティー?」と首を傾げられ、見合いから婚活へと名称が変更された。

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