224.小さな町を作るんだ

 魔王城内で養い子が剣呑な雰囲気を醸し出している頃、現場のベールは淡々と仕事を進めていた。各種族から選抜された代表者を、海が近いミヒャール湖周辺に集める。ここに作った拠点でキャンプをしながら、奇妙な音や歌を聞いたら報告してもらう予定だ。操られる可能性もあるので、3人グループを作って互いを監視させた。


「今のところ異常はなし」


 報告をさらさらと書類に纏め、慣れた手つきで魔王城へ飛ばした。まだ1日目なので、ここで結果が出るとは考えていない。だが出来るだけ早く戻らないと、雪崩を起こしそうな書類が心配だった。もちろん、大切な養い子ルキフェルも構いたい。


 毎朝机の上に山積みにされる書類は、大半が修正必須だった。おそらく真面目なアスタロトなら、却下されて魔王ルシファーの目に入れない。そんな書類ばかりが積まれたら、処理できずに溜まるのではないか。不安がよぎった。


 雪崩を起こした書類で癇癪を起こすルキフェルの幻聴が聞こえる。魅了される隙間がないほど、ベールは混乱していた。早く戻らないとマズイ。そのために事態を収集しなくてはならなかった。ある程度調査資料が整えば、それを元に耐性のある種族を動かせる。


「ルキフェルを操れる可能性、ですか」


 うーんと考え込む。歌が聞こえたのは確かなのに、聞こえる人の条件が分からない。ヤンははっきり聞こえたと言い切ったが、すぐ隣にいた孫は聞いていなかった。耳の機能なら若いフェンリルの方が高温域に強い。そういった問題ではないと切り分ける、よい事例だった。


 耳の良さや魔力量に関係なく誘われる。その条件が分かれば、対策もとれるでしょう。ベールは魔王軍の部下達に休憩を命じてテントに入った。軍が使用するテントは、様々な機能が追加されている。本来は防音も可能だが、それは調査の趣旨に反するので止めた。


 魔王軍の誰かが誘われたら……すぐにでも動けるよう手配は済んでいる。寝ずの番を行うグループも、3人以上で全員が別種族で組ませた。フェンリルの事例があるが、それでも同種族が同時に魅了されない保証はないのだ。


 その夜はテントでそれぞれが就寝した。早朝から物音で起こされ、ベールが外へ出ると……働き者達が動いている。それはいいが、彼らを呼んだ覚えはなかった。


「何をしているのですか」


「ああ、起こしちまったかい。なぁに、魔王様のご要望でな。小さな町を作るんだ」


 ドワーフの親方は、書き上げたばかりの計画書と図面をひらひら揺らし、豪快に笑った。言われた内容を噛み締めて、ゆっくり理解する。ベールの寝起きの頭が突然働き始めた。


「陛下のご指示ですか?」


「そうさ、魔王様がここに町を作っていいと仰った。費用は予備費だったか? ふんだんに頂いたんで、立派な町が出来るぞ」


 額を押さえて、ドワーフの親方のセリフを最後まで聞く。反論するにも遮るのは失礼だろう。だが最後まで聞いた時点で、反論ではなく溜め息が出た。予算まで用意し、町を作る意図が分からない。


 監視の拠点でしかないが、調査期間が長期に渡ると考えられたのか。もしくは調査後も海を監視するための施設として、町を作る可能性もあった。どちらにしろ、魔王ルシファーの行動に意味はあるのだろう。予算をつけたのなら、アスタロトも承知しているはず。


「あらぁ、凄いわね。観光都市?」


 森で寝ると言い置いて夜中に姿を消したベルゼビュートは、ふわりと現れて図面を覗き込んだ。思わぬセリフに、親方の手に握られた図面を横から確認する。彼女の言葉通り、そこにはリゾート用のコテージや施設が描かれていた。


 なるほど、軍事拠点をリゾート施設でカモフラージュする。あのお方らしい作戦です。納得したベールは、暇を持て余すドラゴン種や巨人達に声をかけ、ドワーフの作業の手伝いを命じた。

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