223.仕事を抱え過ぎたベールの実態
積み上げられた大量の書類に、ルシファーは溜め息を吐いた。今まで知らなかったのだ。自分の元へ一番書類が集まるのだと認識してきたが、実際はアスタロトやベールの処理量の方が多かった。
最終的な決定が必要な書類以外、些末な承認や単純な許認可に関して事務官を統括するアスタロトに集まる。それは武官を監督するベールも同様だった。どちらも驚く量を処理し、返却し、棄却している。ベールの分だけでも、かなりの書類が回された。
ルキフェルが顔色を失った理由にようやく気付き、渋々手を伸ばす。ベールが現場で仕事をしている以上、未処理は魔王城に残った者が分担するのが当然だった。まさか疲れて戻った彼にやらせるわけにいかない。この辺の責任感や意識は、きちんとしている魔王である。
「……まず書式がおかしい」
「こっちも」
ルシファーが不備を指摘すると、ソファで報告書を捲ったルキフェルも眉を寄せた。執務室の透明の壁の向こう側では、リリスとイヴが楽しく遊んでいる。周囲にゴルティーやアイカも転がり、今日は保育室が大活躍だった。
ちらっと視線を向けて、羨ましいと溜め息を吐く。魔王妃の仕事に、書類関係はほとんどない。彼女の受け持ち分野は報告されることはあっても、許認可関係が存在しない。それに加え、リリスに任せると何でも許可する悪い癖があった。
危険なので、報告書を読んで各部署へ回す以外の書類はリリスに回らない。つまり彼女は書類処理能力がほぼ皆無と見做されていた。お陰で、ベールの書類処理の一端を担うことがなかった。数字以外は役に立たないベルゼビュートも現場に飛ばされている。
「オレが現場に志願すればよかった」
「それは僕のセリフだよ。ったく、なんで最初に魅了されたんだろ」
ぶつぶつとぼやくルキフェルは、乱暴に前髪をかき上げる。うっかり海へ誘われたため、過保護なベールによって海接近禁止令が出た。心配されるのは嬉しいが、現場で敵探しや原理の探求が出来ないことが残念で仕方ない。
手元の書類を淡々と左右に分けていく。恐ろしいことに半分以上が不備書類だった。
「アスタロト。ほとんど不備だぞ」
「不備を指摘して、付箋を付けて返すのが仕事です」
「……なにそれ」
仕分けが終わったと声を上げる魔王へ、淡々と文官筆頭は仕事を言い渡す。呆れ顔のルキフェルが溜め息をついた。
「付箋? そんなことしてるの?」
「ベールの仕事を預かる以上、同じ手法でお願いします」
「道理で、いつもベールの仕事量がおかしいと思った」
分担したはずなのに、文官でもないベールの机に積まれる書類が多過ぎた。時間内に処理している様子だったので、それほど重要な書類ではないのかと勘違いしたルキフェルは、今になってうんざりした顔で書類の山を崩す。
「こんなにあるなら、僕に回せばよかったのに」
アスタロトはすでに書類に埋もれている。もしベルゼビュートに頼んだら、提出時間内に終わらないだろう。だから僕に回せばいい。ベールと一緒なら僕は残業しても平気だったのに。研究で徹夜慣れした瑠璃竜王は唇を尖らせた。
内緒にされていたことが、まるで「子どもだから」と言われたようで気に入らない。過保護な銀髪の保護者を思い浮かべ、水色の瞳を細めた。むっとしている間も、手元の書類は分類されていく。
「別に隠したんじゃないと思うぞ。ベールは不器用だからな……あと少し、このくらいなら、と引き受けているうちに限界まで溜め込んだんだろう」
「ふーん、あっそ。よくご存じで」
ルキフェルはさらに不満そうな口調で肩を竦める。いつも一緒にいて、大切にされた養い子の僕よりベールのことを知った顔をされるの、気に入らない。感情に正直なルキフェルに、アスタロトは無言で首を横に振った。
余計なことを言わない方が被害が少ない。察したルシファーも、口を突きかけた言い訳を飲み込んで書類に挑んだ。この日の執務室は遅くまで灯りが消えることはなかったとか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます