203.発見した船ごと回収した

 珊瑚の群れから離れ、次の視察に向かう。このポイントを絞り込んだリストは、何を参考に作られたのか。ルシファーは疑問を浮かべるが、すぐに考えるのをやめた。捕虜にされたタコやらイカの悲劇の上にあるだろう。うっかり聞いたらトラウマになる。


 新たな領地だと言うのに、ピンポイントで座標まで記されていた。お陰で一日で視察が終わりそうだ。うまくすれば、もう少し早く終わる。浜焼きを楽しむリリスに合流することを目標に、精力的に回り始めた。腕の中ではしゃぐイヴと結界の無効化と張り直し攻防を繰り返し、海王の拠点であった穴倉に転移する。


 海王の住んでいた穴は、洞窟と呼ぶより穴の表現が似合う。高さも低く、よく入れたものだと感心した。倒してしまった弟イカは、かなり大きかった。日本人の知識によれば、巨大タコや巨大イカの魔物を「クラーケン」と称するらしい。


 アンナの説明ではタコだったが、イザヤが補足した情報によればイカも含まれる。むしろ、ダイオウイカという種類の可能性が高いとか。ダイオウイカの語源は分からないが、ダイが入っているので大きな王のイカだろうか。


 あの大きさに育つまで何を食べたのか、どのくらいかかったのか。ルキフェルはあれこれと疑問が浮かんで、研究中の珊瑚を放り出した。研究対象が多岐にわたる研究所は、彼のお陰で資金が潤沢だ。予算も多めに確保していた。


 あれこれと新しい技術や魔法陣が開発され、そのたびに民の生活が潤うのは良いことだ。先行投資と考えれば悪くない。今回もクラーケンの素材が手に入り、嬉々として海王弟の解剖に取り組んでいた。結果にかなり期待できる。


 あちこちでサンプルを採取しながら、イヴと海底巡りを楽しむ。ルキフェルの希望に従い、火口近くの海水も確保した。収納へつぎつぎと放り込み、そのたびにリストへ印をつける。


「だいたい採取したか」


 ぐるりと見回し、海王だったイカの住処を記録した後で、ふと光る物に気づいた。洞窟の中ではなく、少し先の海底に何かが沈んでいる。イヴも気づいて「きゃーう!」と興奮した声を上げた。


「なんだ、あれ」


 ひとまず転移で近づき、結界越しに観察を始めた。船だろうか。小さな船は何度か見たことがある。人族の貴族が湖や池に浮かべて、遊んでいた。魔族は船に乗らずとも自分で水面に寝転がることも可能なため、さほど興味を示さずに来たが……。


 大型の船は初めてだ。それも海に沈んでいるなら、この地点まで海を走破したのか。興味が湧いて周囲をぐるりと回った。目の前の景色が変わるたびに、イヴが大喜びで手を伸ばす。船の内部は細かな部屋がいくつもあり、外側は蓋があった。


 蓋と呼ぶのは弊害があるかも知れない。ルシファーは知らないが、それは甲板と呼ばれる部分だった。立派なマストが立ち、朽ちた帆の欠片も残っている。海底でどのくらい破損が進んだか不明だが、さほど古くないように思われた。


 記録しながら船を一周し、転移で内部も確認する。魚が住み着き、様々な貝や海藻が寝床として活用し始めた船内で、光っていた物を発見した。貴金属だ。木製の宝石箱が朽ちて、金貨や宝石がむき出しになっていた。


 魚にとって興味がないため、放置されたのだろう。他に油紙に包まれた絵画も発見したが、何が描かれていたのか分からないほど朽ちていた。触れるだけで枠ごと崩れていく。


「持ち帰って調査するか」


 船ごと収納へ放り込み、零れ落ちた財宝や紙なども回収する。目を見開いて興奮しきりのイヴを連れて、一度海岸へ戻ることにした。残った視察はあと3箇所。ゆっくり回っても間に合う。指を咥えてうとうとし始めたイブは限界と思われた。


「リリスのところへ戻ろうか」


「あうっ」


 はいとうんが混じったような返事に笑いながら、ルシファーはリリスの魔力を終点に飛んだ。

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