202.必要に迫られ発明は生まれる

 結界を張っても消される。消えると水が入るので、また内側から張り直した。繰り返しになるが、別に魔力の面で不安はない。結界を張る際に維持より多く魔力を使うが、ルシファーにとって誤差だった。


 魔力消費量は問題ないが、一時的であっても1歳のイヴに海水を飲ませるわけにいかない。言い聞かせても本人は首を傾げ、また無意識に無効化を繰り出した。もう少し成長するまで、何か対策を考えるべきだろう。


 海底で岩の上に腰掛け、唸る。目の前をひらひらと泳ぐ黄色い魚に、娘は夢中だった。


「きゃぅっ!」


 手で掴もうとするたびに結界が消え、ルシファーが張る。ふと気づいた。結界が消えたら自動的に張り直すよう、魔法陣を組めばいいじゃないか。自分で貼り直さなくて済むだけで、かなり楽になる。


 イヴを地上に転送すれば解決だが、せっかく娘が楽しんでいるのに邪魔するのも気が引けた。リリスの時と同じだ。いろいろな光景や種族と触れ合わせ、視野を広げて欲しい。他者を差別したり、一方的に嫌うような子にしたくなかった。


 幼い頃から免疫をつけるなら、鱗やツノ、翼、尻尾を持つ種族と出会える視察は教育の機会だ。黄色い魚を捕まえて結界の中に引き摺り込んだイヴに、手を離すよう言い聞かせた。


「イヴ、それでは魚が死んでしまう」


「やっ!」


「水がないと苦しいんだぞ、ほら。動かなくなっただろう?」


 手の中でぴちぴち跳ねていた小魚が、徐々に動かなくなる。心配そうな顔で魚を差し出すイヴから受け取り、治癒を施して海へ帰した。すいすいと泳ぐ姿に興奮してまた手を伸ばすイヴに、反省の色はない。


 動かなくなれば、父ルシファーや母リリスに渡して直して貰おう。そう考えているらしい。間違っていないが、命が消えたらいくらルシファーでも戻せないと教えておくべきだった。取り返しのつかない失敗をする前に。


「イヴ、玩具じゃなくて生き物だ。命を簡単に奪ってはいけないよ」


 言い聞かせれば分かる。それがたとえ赤子や動物であっても。その信条を貫いて、今回も丁寧に説明した。死んでしまったら蘇らないことや、殺す時も苦しめないことなど。


 暴れるのをやめてじっと聞き入ったイヴは、すいと目を遠くへ向ける。反対側までぐるりと見回し、残念そうに手を握り締めた。魚を掴むのは諦めたらしい。黒髪を撫でて、額にキスをする。


「魚の泳ぐ姿はたくさん見られるぞ」


 抱き上げて、泳ぐ魚を見せてやる。大きな魚が前を横切れば興奮し、小さな魚に目を輝かせた。時折、亀や海月も漂ってくる。


「この地点の視察は問題なし」


 チェックリストに書き込み、収納へ放り込む。即席で作った魔法陣はきちんと機能しており、イヴが触れて割るたびに結界を張り直した。


「移動するぞ」


 イヴに声をかけて、ぱちんと指を鳴らす。転移した先は、海底火山の火口近くだった。熱い湯がぐらぐらと湧き出て、泡が大量に発生する。目を見開いたイヴが興奮して騒いだ。


「ぱっぱ、あれ」


 魚や海藻の姿はなく、荒れた山の風景に見える。だが妙な生き物が浮遊していた。半透明の大きな生物のようだ。ふわりと浮き上がって確認すると、巨体で火口を覆う膜に似た何か。


「なんだこれは……調査は後日だな。記録しておこう」


 記録水晶でしっかり情報を回収し、チェックリストにまた印をつけた。残るチェック箇所は10個ほど。新たな領地の視察としては少ないので、アスタロトも手加減してくれたようだ。


「イヴ、見ろ。あっちも凄いぞ」


 透明の何かに手を伸ばすイヴの注意を引くために声をかける。顔を上げた彼女は、色とりどりの珊瑚の群れに「きゃぅ! ぱっぱ、あっち」と急かした。転移で移動した先は、薄まって温水になった海底に広がる珊瑚の一大繁殖地である。花畑のような風景を記録に残しながら、いくつか触れてみた。


「やはり紫はないな」


 カルンは特別なのか。これだけ色が豊富な珊瑚の群れにも、紫の珊瑚は見当たらず。ルシファーは肩を竦めて壮大な自然の絵画を楽しんだ。

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