201.海辺は楽園、海底は危険?
やや急ぎで出発する。というのも、寝坊したのだ。ベッドの上を這い這いするイヴに顔を踏まれて、目を覚ましたら出発時間目前だった。大急ぎで支度を整え、ぎりぎり……いや、正直に言おう。完全に遅刻状態で集合場所に登場した。
出かける前に執務でもあったんでしょう、と嫌な笑い方をしたアスタロトのせいで、気分はどん底だ。遅刻野郎と罵られた方が気が楽だったな。肩を落としながらも海につけば、やはり気分は変わった。
「相変わらず暑いな」
「砂が白いせいかしら」
照り返しなのか、砂浜はいつ来ても暑い印象がある。幸いにも結界のおかげで、全員が涼みながら準備を始めた。日本人がいた世界は魔法がなかったというから、こういう場面で大変だろう。
イザヤとアンナ夫妻も加わり、双子の姉スイや弟ルイも同行した。子ども達の護衛を頼めるので、正直助かる。ルーシアの夫ジンが風を操り、テントを立てていく。手伝う翡翠竜が魔法で器用にパラソルやテーブルセットを配置した。
必要な浜焼きの道具や、着替えなどを取り出すオレは一段落したところで見回す。海岸は立派な休憩所になっていた。着替えを入れた棚や、大量のタオルが並ぶ。テントは足元まであるタイプにして、周囲を結界で囲った。
強風や海水の浸水はもちろん、ドラゴンの突進にも耐える結界だ。一番危険なのは、イヴの無効化だが……それはリリスが注意してくれるらしい。任せてと胸を張ったので、信じていると口付けた。
浜焼きに必要な貝は、自分達で捕獲するらしい。ここでイポスと夫ストラスにひとつの指令を出した。もし大きめのタコが現れたら、収納に入れて回収して欲しいと。
魔の森リリンにより、人狼が完全復活する情報が手に入った。爪も安定供給の見通しが立ったので、ドワーフの魔法遮断壁の大量生産が可能となる。必要な材料であるタコの吸盤も、今のうちに集めておきたい。
「承知しました」
生真面目なイポスに釘を刺しておく。
「無理に海で探す必要はない。浜辺にいたらの話だぞ。今日の一番の目的は、リリスを含めた要人警護と、浜焼きを楽しむことだ」
頷くイポスに、ストラスが苦笑いする。アスタロトの息子である彼は、妻が真面目すぎることをよく知っていた。魔王がなぜこのような命令をするか、理解したのだろう。
「安心してください。僕が監視しますから」
「任せる」
これでいいかな? ぐるりと見回し、さっさと視察を終わらせようとしたルシファーの裾に、イヴが掴まる。止めようとしたが遅く、取り出した視察リストを見つめるルシファーは転移した。当然触れているイヴも一緒に……。
「あっ、間に合わなかったわ」
「大丈夫でしょうか」
「ルシファーが一緒だもの。心配はないけど。ただ……水中でイヴが結界を無効化しないことを祈るわ」
「「「ああ、なるほど」」」
魔王の結界を無効化できる唯一の存在、すり抜けるだけならリリスにも可能だ。しかしイヴのように消し去ることは出来ない。稀有な能力をまだ幼児のイヴは無意識に使った。それが危険なのだが。
「魔王陛下がご一緒ですからね」
「ええ、安心ですわ」
口々にそう言われ、リリスも笑顔を浮かべる。そうよね、きっと大丈夫よ。そう自分に言い聞かせ、ルーシア達と海辺へ向かう。潮干狩りを楽しむ女性達を見守りながら、男性達は火を熾して調理の支度を始めた。子ども達はテントを走り回り、中に置かれた人形やぬいぐるみを投げて遊ぶ。
「あれって、枕投げみたいね」
「何、それ。面白そう」
アンナの呟きにリリスが反応し、後日奥様会で枕投げを試すことが決まった。楽しむ地上と裏腹に、海底は思わぬ事態に陥った魔王が叫ぶ。
「こらっ、イヴ! 結界を消すな、死ぬぞ……ごぼっ」
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