第13章 海は新たな楽園か

200.視察という名の浜焼き前夜

 海の管理を行うにあたり、視察してこいと命じられ……いや、要請された。魔王はオレだから命じられたはおかしいな。かなり強い口調で「出来ますよね?」と念を押されたが、あれは命令ではなかったと思う。


 久しぶりの視察と聞いて、リリスは大喜びだった。イヴも連れて、家族で浜焼きに向かうと話したようだ。アンナ達曰く、海水浴という遊びもあるようだが、泳ぐだけなら海より川の方がいい。危険が少なく、ベタつく心配もないからだ。


 ルーサルカやイポス、ヤン、ルーシアまで確認に来た。視察だと訂正したが、大公は誰も同行しない。そのため大公女からルーシアとレライエが立候補した。それぞれに子や夫を連れてくるので、なかなかの大所帯が決定した。


 海底まで見に行くのはオレだけの予定にして、他の皆には海辺で遊んでもらう。合理的なはずなのに、なぜかちょっとだけ……そう、ほんの少し悔しいような気持ちになった。オレだけ仕事か。


 浜焼きに必要となる焼き肉の網やトングを放り込み、調味料と皿なども用意する。机や椅子も大公女の収納ではなく、オレが運ぶことにした。転移先で何かあった時、対応するのに魔力の枠を使ってない方が安全だろう。


 無尽蔵の魔力を誇るオレは何を収納しても問題ない。しかし一般的な魔族では話が違った。本人が使用できる魔力のうち、収納空間を維持する量だけ利用できなくなる。大量の荷物を持てば、魔力を大きく削られるのだ。以前にそれで失敗した彼女らは、素直に荷物を預けた。


「ルシファー、パラソルは用意した?」


「ああ。3つ持ったぞ」


「水着はこれでいいかしら」


「泳がないなら、水着はやめてワンピースにしたらどうだ?」


 出来るだけ妻の足や素肌を見せたくないルシファーは必死で抵抗する。リリスは「そうね」と素直に諦めた。代わりに膝丈のズボンと巻きスカートを選んだ。結界で日焼け防止は完璧なので、可愛いと褒めてサンダル選びも協力する。


「こっちの白と、この青ならどっち?」


「白はリリスの肌に映えるが、青のほうが服に似合うな」


「じゃあ、青にするわ」


 ご機嫌で準備を進めるリリスが、イヴの服を選ぶ。もちろん愛娘の肌も人目に晒したくないので、水着は禁止した。着せたら可愛いのだが、今回は大公女の夫も参加する。やんわりと話を逸らし、誘導して変更を承諾させた。


「イヴはこのピンクがいいわね。水色も可愛いし、黄色も似合うけど」


「ピンクでいいと思うぞ。そういえばリリスもよくピンクを着ていたな」


「だって可愛いんだもの。リボンを赤にしましょう」


 まだ短めの黒髪を、てっぺんでちょこんと結ぶことに決まり、タオルなども収納へ放り込んだ。綺麗に整頓して入れなくて済むため、ぽんぽんと空中に投げ入れる。


「よし! 全部揃ったな」


 オレは視察のリストも一緒に投げ込む。調査用の記録水晶も持った。結界があるので暑さ対策は不要だし、特に忘れ物はないと思う。あっとしても、オレが側にいれば転送で片がつく。完璧だ。


「明日は何時に出かけるの?」


「朝食をゆっくり食べてからだな。お昼前と通達してある」


 話しながらベッドに入る。魔の森であるリリンの領域で披露した高速這い這いは、外ではやや勢いが落ちた。広いベッドの上を縦横無尽に這っているが、結界で包んだので落ちる心配は要らない。


「リリンの空間はすごいな」


 イヴの這い這いの速度以外にも、育児によるイポスの寝不足を僅かな時間で回復した。ヤンの毛艶も良くなり、リリスの肌も美しい。頬を撫でると、リリスは嬉しそうに笑った。


「母なる魔の森ですもの。海底の森にも挨拶したいわ」


「なら、見つけたら呼ぼう」


 約束して横になる。疲れて動きが鈍くなったイヴを間に置いて、二人は静かに目を閉じた。

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