204.視察団一行の消息と安否不明

 大量の書類を手際よく仕分け、アスタロトは大きく息を吐いた。斜め前にあるルシファーの執務机は綺麗に片付いている。日本人が持ち込んだ分業による組織改革は成功し、わずか数年で書類の処理量は半減した。


 お陰でルシファーも、視察など別の仕事に注力できるのだが……。


「ちゃんと仕事してますかね」


 心配になってしまうのは、過去のルシファーの行いが原因だ。視察に行ったはずが騒動に巻き込まれていたり、自称勇者と対面していたりと脱線甚だしい。現在は人族も小さな集落に存在する程度で、国家として存在しなくなった。


 大きな騒動になったが、勇者が攻めてこないのは助かる。数年ごとに本物偽物取り混ぜて襲ってくるので、処理に無駄な時間を費やした。対処する時間そのものより、その後の調査結果を纏めたり、起きた騒動の破損被害を回復する方が大変だ。


 異世界から勇者を召喚しようとしたり、魔王妃候補のリリスを攫う人族を殲滅出来たことは、ここ数十年で一番大きな利益だった。さらさらと書類に署名し、押印待ちの箱に放り込む。


「あの人がいないと静かですね」


 思わず声に出して呟いた。こんなことは過去にもあったのに、やたら静けさが気になる。ああ、そういえば子ども達がいないのでした。そう気づいて、いつの間にか慣れた騒がしさを懐かしむように目を細めた。


「大変です!!」


「報告ですか?」


 大変ですでは何も伝わらないでしょう。一度で用件を伝えなさい。そんな皮肉を込めたアスタロトの質問に、駆け込んだ魔王軍のドラゴンは敬礼した。


「報告いたします。魔王陛下がおられる海岸付近で、異常現象を感知しました。魔王陛下、並びに魔王妃殿下を含む視察参加者の消息と安否は不明です」


「……安否不明? せっかく休暇を兼ねて送り出したのに、どうして騒動を招き寄せるのやら」


 あり得ない報告だった。ルシファーを含め、大公女達も転移が使える。高位魔族に分類されるイポスや息子のストラスも参加したのに、誰も転移していない?


 魔力を探るために目を閉じるが、確かにルシファーの魔力は海岸にあった。異常現象と称された変化のせいか、やや感じ取りにくい。


「わかりました。私が向かいますので、同行を希望する者は中庭に集まるように」


 敬礼して出ていくドラゴンは慌てすぎたのか、尻尾で扉を閉めた。人化したのに尻尾を出しっぱなしとは、後で注意しなければいけませんね。肩を竦めて、書類を引き出しに片付けた。ぐるりと見回し、廊下に出る。


 足早に階段を降り、中庭に到着すると魔王軍の精鋭達が踵を揃えて一礼した。今回は留守番だったヤン、背中に乗ったピヨ、ルキフェルが一緒に並んでいる。


「全員、この魔法陣に乗ってください」


 移動魔法陣の中に、海岸へ向かうものはない。各地域に繋がれた移動用の転移魔法陣は、魔族が住んでいる地域を優先した。現時点で、海へ続く魔法陣は設置検討中だった。先ほど処理した書類に、設置場所の検討案が提出された段階だ。


 指先で作り上げた魔法陣を置き、次々に飛び乗るメンバーを確認した。見送りにきたベールに魔王城の留守を頼む。ドラゴン主流の魔王軍の精鋭が5名、ヤン、ピヨ。ルキフェルは自分で転移するようで、魔法陣を複写した。


「お待ちください、私も行きます!」


 駆けてきたのは義娘のルーサルカだ。話を聞いたばかりのようで、手荷物なしで飛び乗った。主君リリスのため、同行を決めた様子だ。後ろからアベルも走ってきた。


「お義父さん、俺も行きます」


 呼び方が気に入らない。ルーサルカが乗ったところで、魔法陣を無言で発動させた。転移して消えた妻と義父に、顔を引き攣らせるアベルを、ルキフェルが手招きした。


「早くしなよ」


「お願いします」


 勢いよくルキフェルの転移に便乗し、慌ただしく消えた。見送ったベールは晴れた空を見上げる。なぜか嫌な予感がした。


「ベルゼビュートに応援要請を送りましょう」


 予感が外れることを祈りつつ、ベールは己の直感を信じて精霊女王への連絡を選んだ。

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