第12章 次世代は逞しい
179.今日はオレとお留守番だ
後ろに背負うはずのぬいぐるみが、腹から絡みついている。イヴはよちよちと歩き、バランスを崩して転がった。が、痛みはなさそうだ。リリスお手製のラミア人形に保護された形だった。
中途半端にリアルで怖いぬいぐるみだが、転んでもケガをしていない時点で目的は達成している。転んだときに後頭部を強打しないための、安全ぬいぐるみなのだ。リュックの形で背負うウサギや黒猫のぬいぐるみもあるが、リリスお手製のラミアをイヴも気に入っているようだった。
転がって両手を突き、自分で起き上がる。再びよちよち歩き回り、今度はぬいぐるみの手が棚に引っ掛かり、勢いよく転がった。
「っ!」
「大丈夫よ、ほら」
見守るルシファーは手を出したい。いや、手だけではなかった。大量の魔法陣を用意して、いつでも手助けできる状態で待っていた。だが、隣のリリスに止められている。奥様達のお茶会で、手出ししすぎると成長しないと聞いたらしい。
その話を聞いていなければ、部屋中柔らかなクッションで覆われていただろう。収納空間からはみ出したクッションを、ルシファーは無念の思いで押し込んだ。使わないようだ。
「まぁま、ぱぱ!」
にこっと笑ったイヴが全力で駆けてくる。鳥の雛のようなバランスの悪さで、左右に揺れながら走る。その度にヒヤヒヤしながら両手がわきわきと動いた。だが直接の手出しは我慢する。
「あら、いい子ね。イヴ」
抱き止めたリリスを後ろから、娘ごと抱き締めた。
「よく頑張った、イヴ。リリス……そろそろ時間だぞ」
「あら、本当だわ」
約束の時間が迫っていると知り、リリスはルシファーに強請った。着替えをしなくてはならないが、当然ながら時間がない。慣れているルシファーがぱちんと指を鳴らし、事前に決めていたドレスへの着替えを手伝った。一瞬で衣装チェンジしたリリスは鏡の前でくるりと周り、満足そうに頷く。
「じゃあ、行ってくるわね。キスをして」
「行っておいで。気をつけるんだぞ」
ちゅっと頬にキスを贈り、手を振って見送った。反対の腕にイヴが抱かれている。いつの間に捕まったのか、イヴは不満そうにぶぶぶと唾を飛ばした。
「ダメだぞ。お姫様の仕草じゃない」
言い聞かせて、口元を丁寧に拭いてやる。一度唾を飛ばして抗議したことで気が済んだイヴは、純白の父親の髪を掴んで引っ張った。
「ん? どうした」
痛がるでもなく、ルシファーは小首を傾げる。正直、引っ張られるのはリリスで慣れてしまった。イヴの方が加減するので、痛みも少ない。この程度の痛みで騒ぐ男でもないのだが。
「まぁま」
どこへ行ったと尋ねる娘を連れて、テラスに出た。ちょうど階段を降り切ったリリスが、こちらに手を振る。ルシファーに手を掴まれ、イヴも振り返した。
「リリスは魔王妃のお仕事だ。今日はオレとお留守番だな」
時折聞くお留守番の単語に、イヴは興奮して手を振り回した。前回のお留守番は、部屋中を自由に探検したのだ。今回も同じだろうと期待した。
目を輝かせる娘の黒髪を撫でて、室内に戻る。涼しい風が入る窓を開けたままにして、ルシファーは執務室へ移動した。かつてリリス達の勉強スペースとして広げた執務室の一画は、今もクッションが積み上げれらている。キッズスペースとして活用する形だ。
「よし、ここで遊んでてくれ」
イヴをクッションに囲まれたスペースへ下ろした。リリスの護衛についた休暇明けのイポスが、我が子マーリーンを預けていったので、中で鉢合わせする。
「まー!」
「イヴちゃん」
数年ぶりの感動の再会のような抱擁を交わす二人を放置して、ルシファーは書類の処理に入った。
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