第11章 いい度胸じゃないか!

161.イヴ姫拉致事件、勃発!?

 残った珊瑚に話しかけても魔力を通しても反応がないので、赤珊瑚は放置されることとなった。後日磨いて宝飾品になるかも知れない。紫珊瑚は海へ戻す予定だ。故郷の海で療養中だったカルンは、まだ回復できていない。人型が取れるようになるまで、海で休むべきだろう。


 壊された執務室の状況を記録しながら、ルキフェルはにやりと笑った。


「ねえ、どうして魔法陣が壊れたか分かった!」


 ベールが「どうしてですか?」と促す。得意げに話し始めたルキフェルは、先ほどまで弄っていた魔法陣を呼び出した。それと同じ元の魔法陣も隣に表示する。空中に浮かぶ魔法陣二つは、本来同じ形をしていなくてはならない。だが片方は明らかに指定の魔法文字が狂っていた。


「ここ、ここ、ここでしょ」


 魔法文字が改ざんされた部分を色付けしていく。すると綺麗な図形が現れた。魔法陣の円部分の文字も一部崩れおり、その場所も色付けされれば図形はさらに鮮やかになる。


「丸い魔法陣の一点から力が加わって、放射状に線が広がってる。つまり、文字を改ざんしたんじゃなくて……」


「吹き飛ばしたのか!」


「正解、さすがルシファーだよね」


 ルシファーの驚いた顔に、満足げにルキフェルが頷く。丸い円の一点を入力地点として、そこから直線を引いたように帯状の破損が見られる。爆発時にルシファーとアスタロトの中身が入れ替わったのも、それに近い原理が働いたのだろう。


 魔力による結界を何らかの形で通過する力だ。海の種族すべてに備わっているのか、真珠特有のものか分からない。だが、海王の弟イカを倒した際は特に妨害されなかった。ベルゼビュートの先制攻撃のお陰かも知れない。


「ルシファー、ケガしてない? さっき凄く揺れたの」


 私室から出てきたリリスが、ヤンとベルゼビュートを引き連れて現れる。爆発の余波で大きく揺れたので、心配になったのだろう。上階は破壊されるような被害はなく、物が棚から落ちた程度らしい。


「そっか、無事でよかった」


 幾重にも結界が施された部屋で、爆発した執務室とは上下の位置にないことから、無事だろうと思っていた。万が一の場合もヤンとベルゼビュートがいれば、安心だ。抱き上げたリリスがイヴを連れていないことに気づき、首を傾げた。


「リリス、イヴはどうした」


「さっき、アシュタが来て連れてったじゃない」


「アスタロトはずっとオレと一緒にいたぞ」


「え?」


 そこで初めて異常に気付く。詳細を聞き出した。アスタロトの魔力の色は赤、リリスは色で相手を見分けることが出来る。にも拘らず連れ出されたなら、一大事だ。可愛い娘の奪還も絡むので、少しでも情報が欲しかった。


「えっと、アシュタにしては薄かったわ。でも魔力の色は同じだったの。あと、ヤンが変なこと言ってたわよ」


「我が君、あの時のアスタロト大公閣下は生臭かったのです」


 鼻の利く魔獣が感じ取った異臭、色は同じだが薄い魔力……情報をルキフェルが記録していく。それらを紙に転写して、ベールとアスタロトに手渡した。


「イヴ様の魔力を追いましょう。時間はどのくらい前ですか?」


「えっと、爆発の直後よ」


 まだ追いつけそうな距離にいる可能性があった。アスタロトが音のない口笛を吹く。人の耳には聞こえない波長での命令に、同族から一斉に返事があった。大量に戻ってきた答えの中から、必要な情報を聞き分けたアスタロトがにやりと笑う。


「海の方角です。どうやら黒真珠の爆発は目晦ましのようですね」


 空飛ぶ赤子を目撃した情報がある海側、かつて人族の領地があった方角を指さす。吸血種以外にもコウモリや鳥が情報を寄越した。魔獣ならば、アスタロトの音波を聞き取れる種族が大勢いる。情報収集と同時に、攫われた赤子が魔王夫妻の一人娘と知らせた。


 オオォン! 森の中で怒りの咆哮を挙げたのは、ヤンの孫だ。8代目セーレになる灰色魔狼だった。彼が走り出し、魔王城周辺に住まう魔獣の一族が従う。ベールも幻獣や神獣へ伝令を飛ばし、魔王軍の招集も始めた。


「僕ね、欺かれるの大嫌い」


 ぼそっと呟いたルキフェルの頭にツノが現れる。背でばさりと音を立てた翼を広げ、リリスを抱き寄せたルシファーが宣言した。


「先に出る!」

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