160.虐めすぎても爆発するらしい

「魔王陛下は魔の森の娘を娶った、魔族の長です。我が君の配下のもめごとは解決しますが、よその領域に口出しする気はありません。そもそも王と名のつく存在がいるなら、その者が解決すべきでしょう。おかに住む魔族に助けを求める意味がわかりませんね」


 遠回しに「この程度の騒動も収められない能無しは、さっさと駆逐されて代替わりしろ」と言い切る。丁寧な説明の裏に忍ばせたアスタロトの本音を読み取り、ルシファーが顔を引き攣らせた。ベールは何とも満足げな顔で頷く。


 亀が自ら仕掛ける気がないなら、放置するのもひとつの手段だった。そう教えてやればいいものを、大公達にそんな親切心は微塵も芽生えない。統治能力や制圧する武力がないなら、代替わりが当たり前と考えているのだ。本来、弱肉強食とはそういった形を呼ぶのだから。


 人族の王のように血筋や小狡さで選ばれるなら、それでも構わないだろう。自分達のトップにどんな者を選ぶのか、それは民が決めることだ。魔族と同じ弱肉強食を旨とする海の種族が、数万年も眠っていた亀に負けて外に助けを求めるなど……愚の骨頂だった。


 容赦ない切り捨てだが、これが魔族の在り方だ。それを大公や魔王は実践し、常に生き延びて頂点に君臨し続けたのだから。努力もせず逃げる算段をする海王に協力する気がないは、当然だろう。亀に民を食われたとしても、それは世の理の一環だった。嫌なら自ら抗えばいい。


 何も間違っていないので、ルシファーも肩を竦めて椅子に座った。黒真珠は無言で、その後何も言わない。また眠ったか気絶したのか? 随分と悠長な種族だ。これが魔獣だったなら、うっかり気絶している間に食われてしまう。


「陛下、話さない黒真珠はただの真珠。立派なブローチに仕立ててはいかがでしょう」


「ベール、いけませんよ。王冠となる髪飾りに使おうと思っていたのですから」


 二人の大公は容赦ない。このまま黒真珠が話さなければ、立派な宝飾品として加工される未来が待っていた。無言で魔法陣を弄っていたルキフェルが顔を上げる。


「穴を開けてリリスのネックレスも悪くないよね」


 巨大な一粒真珠のネックレス。黒髪のリリスに、光沢がある黒真珠は映えるだろう。肌が真っ白な者より、象牙色の柔らかな肌色の方が似合う。想像してうっとりするルシファーが「よし、それでいこう」と許可を出そうとしたところで、真珠が慌てて叫ぶ。


『穴を開けるなんて野蛮です!』


「野蛮で結構、陸の魔族は強ければすべて許される」


 頭の中ではすでにリリスに黒真珠を贈っている。細い穴を開けて、中央にアラクネの糸を通したら肌に浮いているように見えるかも知れない。ありがとうと頬を染めて礼を口にする妻を想像するルシファーの表情は、控えめに表現して「黒い印象の笑みを浮かべる魔王」だった。


 ひぃ! 悲鳴を上げた黒真珠ががたがたと震える。その様子を見ながら、アスタロトが目を細めた。


「都合が悪くなると気絶したフリをするようなので、そうですね。穴を開けて命が消えた方が宝飾品として役立ちます」


 最終宣告に聞こえたのか、黒真珠はぶぶぶと振動し始めた。


「これって……爆発するんじゃないか?」


 前回の時は転がる音しか聞こえなかったが、もしかしたら転がる前に振動した可能性がある。嫌な予感がして全員が一斉に部屋の外へ飛び出す。ベールはルキフェルを抱き込んで走り、ルシファーも全力疾走した。アスタロトが後ろ手に扉を閉め、その上にルキフェルが魔法陣を重ねる。


 ルシファーがさらに手前に防壁を展開する。その結界の壁が執務室を覆った頃、どんと激しい振動や音で魔王城が揺れた。


「……あぁあ、追い詰めるから」


 癇癪起こしたじゃん。子どもみたいな口調で責める主君に、アスタロトは悪びれず言い切った。


「これで、海王に損害請求できますね。海の覇権で支払っていただきましょうか」


「「「悪魔だ」」」


 口を揃えた3人へ、吸血鬼王はうっそり笑った。

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