159.以前焼いたイカは海王の弟

 微に入り細に入り、重箱の隅を突きまくって穴を開けるような尋問が続き……ルシファーは早々にリリスとイヴを退室させた。尋問される対象でなくともトラウマになりそうな、アスタロトとベールの問い詰め方は胃が痛くなる。


「リリス様の警護を」


 大公ベルゼビュートは、さっさと逃げ出した。魔王であり、この城の責任者でもあるルシファーは逃げられない。顔を引き攣らせて見送った。もちろん、護衛はヤンも付いているのだが。多過ぎることはない。


 黒真珠の顔色や態度は読み取れないが、やや艶がなくなった気がした。たぶん気の所為ではないはず。気の毒なことだ。あんな尋問をされたら、やってないことまで自白する自信がある。ルシファーは心の底から同情した。


 素直に全て話せば、割られたり砕かれることはない。慈悲を乞うて、包み隠さず話すんだ。そんな魔王の念を受け取ったのか、黒真珠はあれこれと暴露しまくった。


 まず亀が海の厄介者扱いされているのは、次期海王争いに負けたから。というより、実力は海王より上らしい。だが本人は争うより身を引くことを選んだようで、さっさと陸に逃げ込んだ。それがベールの城の地下だったわけだが。


 眠り続けた亀が目覚め、海へ戻ったことで騒ぎが起きた。海王の地位を継いだ、かつてのライバルは亀を受け入れたくない。だが亀にしたら、故郷なので離れたくなかった。両者の言い分が真っ向から対立した場合、権力者は己が持つ権力を振りかざす。まさに伝家の宝刀を抜いた形だ。


 実力で敵わない相手を、海王として排除する。その宣言は、海の掟を大きく揺るがすものだった。亀の味方をするわけじゃないが、弱肉強食を旨とする海の掟を破る王は問題だ。そんな議論が巻き起こった。


 亀としては王になりたくないため、棲家さえ確保できれば気にしない。気に入った場所に寝ぐらをこさえた。よりによって、海王の直轄地だったことで騒動が大きくなる。


 魔王城と同じ弱肉強食のルールに従い、勝った方がその領地を得られるが……問題は海王が負けた際は、亀が海王に即位する状況だった。海王である巨大イカを支持する種族は、侵入者の排除だから軍を動かすつもりだ。しかし中立派や海王不支持を表明する一族からは、海の掟に反すると抗議が上がった。


「なるほど、で……亀本人はどう言ってるんだ?」


『寝床を奪われなければ構わない。海王は面倒だからやりたくない、とのことでした』


 黒真珠は心なし低い声で返した。つまり王になりたくないが、寝床は死守する構えか。


「どうして我が王に亀の処分を任せようとしたのです?」


 ベールの青い瞳が冷たく光る。怒りを湛えた彼の瞳は、氷のような鋭さを感じさせた。黒真珠に通用するかは不明だ。


『一度は海王の眷属を倒したお方ですから』


「海王の眷属……」


『はい、弟君が海辺で倒されて』


 霊亀を海に戻すか、ベールの城跡に置くか迷ったあの時、確かにベルゼビュートが襲われた。灰色をした触手のある海の巨大生物で、イカとやらはあれのことだろう。ルシファーはようやく心当たりを思い出した。


「あれを倒したのは、オレ……余ではなく配下のベルゼビュートだ」


 雷を落として自らも感電していたが、倒したと表現するなら彼女の手柄だ。睨み付けるアスタロトに、慌てて口調を仕事バージョンに直した魔王は続きを思い出していた。


 記憶では、捕まえた霊亀をベールの城の地下に埋めたが、あれは別個体だった。本来あの場所で眠りにつく筈の個体が、海で好き勝手している。うん、間違いなくオレのせいじゃない。大丈夫だ。外交問題じゃなかった。


『そんな……どうか亀を倒してください』


 僅かの間に含まれる「部下が倒していたなんて、ならば主人の方が強いはず。私達の安定した生活のために」を読み取ったアスタロトが、笑顔で拒絶した。


「あり得ません。拒否します」

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