162.魔王陛下自ら参戦

 魔王城の方角から、空飛ぶ赤子が現れた。呆然と見送ったセーレだったが、すぐに異常に気付く。親がいない状態で赤子が空を飛ぶなんておかしい。たとえ空を飛べる種族だとしても、羽なしでお包みに入って飛ぶ姿なんて聞いたことがなかった。何より、赤子が通過した後の匂いは、海に近づくと鼻をつく潮の香りだ。


「魔王城に連絡を」


 先代セーレで現在はヤンの名を頂いた父狼と、跡取り息子がいる。伝令を出そうとしたところに、音にならぬ高周波が届いた。すぐに遠吠えで返す。それを近くにいる魔王軍やコウモリが伝達していく。このシステムは人族の監視用に作られたが、現在も稼働中だった。それだけ汎用性が高いのだ。


 魔王城へ使いとなる誰かを派遣する支度をしている間に、息子の遠吠えが聞こえた。かなり遠いので、魔王城の前から放たれたのだろう。


「聞こえたか! 我らが魔王陛下の姫君が攫われた! 海へ向かえ」


 命じたセーレが先頭を切って走る。巨体が躍動し、大きく飛んで距離を稼ぐ。一気に森を駆け抜ける途中で数本の大木を倒したが、さしたる問題ではなかった。緊急事態だ。途中で合流したハイエルフが木の枝を利用して走るのを、背に飛び移るよう促した。


「早くせよ! 我らが王女殿下の危機ぞ」


「分かった、頼む!」


 オレリアの弟の決断で、ハイエルフが次々とフェンリルや大型の魔狼の背に跨る。合流する種族はどんどん増え、リザードマンや風の精霊も群れに加わった。ラミア達は出産や育児の時期と重なってしまい、今回は参戦を断念している。


 ばっと視界が開けた。緑の森を抜け、青い海が広がる砂浜まで駆け抜ける。白い砂浜の上に、純白の魔王が翼を広げていた。抱き寄せた妻リリスが「どーん」と腕を振り下ろす。海でうねうねと触手を揺らす大きな三角頭に雷が命中した。


「あれが敵か!」


 叫んだセーレだが、狼は海に飛び込むことは出来ない。もどかしさにうろうろする彼らだが、ハイエルフの指示で海辺に等間隔に広がった。雷で海が荒れれば、逃げてくる海の種族がいるだろう。それを捕獲する目的だ。


 直接攻撃するだけが戦いではない。ハイエルフは木の根を操り、触手を縛り上げていく。抵抗する巨大イカを風の精霊が切り裂いた。大公らが到着した時、すでに共同戦線が機能している。


「うわぁ! 凄い」


 ルキフェルがにやりと笑い、連れてきたドラゴン達をイカに嗾けた。空を飛べる竜族は、魔王軍の精鋭から選んできた。空中戦はお手の物だ。下が海でも森でも関係なく、それぞれの得意な魔法を放った。味方同士の相打ちを避けるため、リリスは雷を封印する。


「あれが海王とやらですか? 随分と弱いですが」


「いや、ただのイカだ」


 ルシファーはけろりと吐き捨てた。あれが王なら、亀にやられてしまえばいい。そんな響きだった。


「ところでイヴ様はどちらに」


「あのイカに飲まれた」


「は?!」


 妙に落ち着いたルシファーの言葉に、アスタロトの方が絶句する。慌てて半泣きでイカの口に飛び込みそうだが、リリスを捕まえるように腕を絡ませたまま目を細めていた。


 あ……これは、本気でヤバイ状態ですね。察したアスタロトはサポートに徹することにした。


「魔王妃殿下は私が守りますので、陛下はご存分に」


「うむ、任せた」


 言うが早いか、リリスに結界を張って転移する。巨大イカの頭上に現れ、手にデスサイズを呼び出した。純白の魔王が愛用の鎌を手にする姿は珍しく、慌てたルキフェルの指示で全員が下がった。巻き添えを食らう可能性が高い。近くにいることが魔王の邪魔になると判断した。


「後悔する間もなく消し去ってやる」


 唸るように吐き捨てたルシファーは、己の身長を超える鎌の刃を軽々と振り回す。敵が減ったことで攻撃がルシファーに集中するが、彼は意にも介さず切り捨てた。

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