157.書き換えておりません

 魔王夫妻のケンカが城の使用人の間で話題にならなくなる頃、ようやく黒真珠が目覚めた。というか、黒真珠が話をしてくれる気になったようだ。その連絡を受けて、ルシファーとリリスは揃って執務室へ向かった。ルシファーが抱っこしたイヴは、あぶぅとご機嫌だ。


「うわっ、何、それ」


 入室した彼らを出迎えた大公ルキフェルが驚く。イヴは大きなラミアのぬいぐるみに絡みつかれていた。ラミアは下半身が蛇、上半身が人の女性という魔族だ。子育てや裁縫に関して優秀な一族だが、彼女らを模したぬいぐるみがイヴの腰から肩にかけて絡んでいる。


 上半身部分を市販の人形にしたこともあり、妙にリアリティがあって怖かった。本来は後頭部を守るぬいぐるみなのに、全身を守っているのも違和感がある。


「すごいだろう! リリスの力作だ!」


 自分は作っていないのに誇らしげなルシファーの発言を、アスタロトは底の見えない笑みで流した。余計なことを言わないよう、ベールに圧力を掛けられたベルゼビュートは目を逸らす。雉も鳴かずば撃たれまい、彼女は沈黙を選んだ。


「へぇ、この継ぎ目とか大変そう」


 立ち直ったルキフェルは、素直にリリスのお手製ラミアに感心しきりだ。裁縫をすることがないので、単純に凄いと納得した。ベールに促され、全員が応接用のソファに腰掛ける。


 中央のテーブルには、黒真珠が鎮座していた。立派なクッション付きである。一等地で注目を浴びる黒真珠は、自ら口を開いた。


『お待たせしました。あまりに尊い光景に意識を失ってしまい……申し訳ないです。魔法陣のお話でしたね』


 よく覚えていたと頷くルシファーが直球で尋ねる。


「爆発の原因が、その尊いであることは理解し難いが納得した。だが、疑問が残る。魔法陣の書き換えはなぜ行われたのか。どのような手法を用いたのか、ぜひとも知りたい」


 理解できなくても、そのようなものと丸暗記同然に飲み込むことは可能だ。実際魔族の特性は「なぜ?」と首を傾げる状況も少なくない。その点で臨機応変、柔軟な対応は上層部の必須条件だった。ここで常識に固執すると、いつまでも片付かない案件が積み重なるのだから。


『魔法陣を書き換えておりません』


「は?」


「……うそぉ」


 ルキフェルとベルゼビュートが素っ頓狂な声をあげ、アスタロトは目を見開いた。ルシファーは空を仰いで、うーんと唸る。リリスは我が子をあやすのに夢中で聞いていなかった。三者三様の反応に、ベールはいち早く立ち直り質問を続ける。


「ではなぜ魔法陣が変更されたのでしょうか。幻獣や神獣に尋ねても、そのような能力を持つ者はいませんでした」


 不思議な能力を持つ神獣や幻獣は、ベールの管轄だ。元が変わり者の集まりである彼らも、そのような能力は聞いたことがないと首を傾げた。真珠が絡んでいるのは間違いなく、黒真珠である彼女なら答えてくれると皆が期待していたのに。


『ただ、爆発が海の外なので……陸上で能力を使うと変化が起きる可能性もあります』


 黒真珠の言葉に、ルキフェルがぐっと拳を握った。


「じゃあ、何でもいいから能力を使ってみてよ。それで近くに置いた魔法陣の変化が見たい」


『構いませんが、私にできるのは自爆だけです』


「……ん?」


 自爆だけ? ほかに能力はない? 首を傾げたアスタロトが丁寧に聞き出した結果、海の外で使える能力が自爆だけという答えだった。海の中なら他の能力もあるとか。紛らわしい発言の多い黒真珠を見ながら、ぼそっとルシファーが確信を突いた。


「言葉が足りないってやつだな。稀にいるが、黒真珠もその類だな」


 説明が足りないの間違いでしょう。アスタロトは心の中で訂正し、曖昧な笑みで誤魔化した。

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