150.カメが霊亀だとバレたらやばい

 緊急招集の会議は、思わぬ状況で膠着した。亀に襲われた海底の一族は震えあがり、陸へ逃げる算段をしていると言う。逃げて来たなら受け入れるが……そもそも陸上で生活できるのか? ルシファーの疑問へ黒真珠は胸を張って答えた。というか、声から感じるニュアンスなのだけれど。


『大丈夫です、私や珊瑚達も平気ですし……かつてカルンも生活したと聞いています』


 間違ってない。だが、カルンを含めた珊瑚や真珠は呼吸の心配がないだろう? 魚や海藻は死ぬと思う。ルシファーの何とも言えない表情がすべてを物語る。アスタロトやベールは無言を貫き、ルキフェルは溜め息を吐いた。どこから説明すれば理解させることが出来るのか。


「ねえ、真珠さん。魚は陸に上がった場合、呼吸できるのかしら?」


『……呼吸、ですか?』


 リリスの真っ直ぐな質問に、困惑した響きが返った。どうやらまったく考えていなかったらしい。送り出した海の一族が何の生き物か知らないが、この知識の偏りは問題だった。


 真珠や珊瑚は無機質同様で、呼吸の心配は無用らしい。しかし海に住むほとんどの海洋生物は、エラや口から呼吸するはず。口呼吸はともかく、エラ呼吸の生き物は海水の中に含まれる酸素を吸収する。いきなり陸で呼吸困難に陥ったら……想像するのも恐ろしかった。


「呼吸問題が片付かないと、海から上がっても死んでしまうぞ」


『そ、そんな!?』


 このままでは亀に襲われて全滅してしまうと青ざめた、と思われる黒真珠の声が沈んだ。球体にした海水で生活することも可能だが、魔王並の魔力が必要な上、最終的な解決にならない。海は広く、すべてを持ち上げることは無理なのだから。


 しんとした広間に、呼吸困難から生還したベルゼビュートの声が響く。


「ねえ、亀をやっつけたらいいじゃない」


 逆転の発想である。亀が他の生物を脅かすなら、亀を駆除すればいい。他の生物が生き延びられる空間を維持できるし、今まで通り平和に暮らせると言い放った。亀にしてみたら大事件だが、確かに一理ある解決法だ。


 このまま進みそうな話に、ルシファーは待ったをかけた。こちらの都合で数万年も眠っていた霊亀を海に帰したのだ。海で邪魔だからと殺す話は、身勝手すぎるだろう。彼にも事情があるはずだ。

 

「いっそカメと話し合ってみるか」


 霊亀と呼んで、こちらから放逐したのがバレたら困る。ルシファーの思惑が透ける「カメ」の表現に、アスタロトが頷いて乗った。


「そうですね。カメの対応は私達もご協力できますよ」


 ベールは心当たりがあり過ぎる霊亀に関して、完全に沈黙を貫くと決めたようだ。無表情で遠くの壁を見ている。ルキフェルが立候補すると騒いだ。


「海の底へ行くなら、僕も! 手前はともかく、奥へ行ったことないんだよね」


『ご協力いただけるのですか?』


 人型だったなら目を輝かせて感激しただろう場面で、アスタロトはしっかり取引条件を示した。


「ええ、協力いたしましょう。その代わり……先日の爆発に関する調査にもご協力ください。交換条件ですよ」


『もちろんです』


 黒真珠の声が弾んでいる。陸の魔族を統括する魔王や大公の協力を取り付け、ほくほく顔なのか。真珠の艶が増したように見えた。


「ところで、余談だが聞いてみたい」


 ルシファーが真珠を拾い上げ、手のひらに載せる。転がる真珠に息を吹きかける距離で尋ねた。


「真珠殿と、無機質な宝石である真珠の違いを……」


『やめてっ! 私はまだ280歳なのよ』


 まるで襲われそうになった少女のような発言に、全員が見事に絶句した。そんなつもりじゃないと首を横に振るルシファー、胡乱げな視線を送るリリス。アスタロトは目を見開き、無表情のベールの袖を掴むルキフェルが笑いを堪える。ベルゼビュートは一番まともな反応をした。


「え? 真珠って、そんなに長生きなの!?」

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