149.飼ってたペット?を捨てると大惨事

 大公招集の緊急会議――その開催は魔王城で噂になる出来事だ。直前まで魔法陣の見直しを行ったこともあり、何か事件が起きたと判断するのは簡単だった。


「さきほどベルゼビュート大公閣下が半裸で現れたのも、関係があるのか?」


「緊急呼び出しかしら、珍しいね」


「やだ。最近は平和だったのに……不安だわ」


 侍従や侍女の騒ぎをよそに、魔王と大公はいそいそと謁見の大広間へ向かった。わざわざ広い場所で行うのは、箔付けと話が決まる前に漏れることを防ぐ意味がある。魔王が謁見に使う広間は、魔族の特に貴族にとってはステータスとなる場所だ。その部屋で決まったと発表することで、箔付けになる。


 広い場所は見渡せるので、防音魔法陣を使うとしても公明正大に決めたとアピールする意味もあった。もちろん、誰かが近づけばすぐ気づけるのも利点だ。久しぶりの大公全員を緊急招集しての会議に、周囲の注目度は高まった。


 その謁見の間で、全員が顔を突き合わせて真剣に覗き込むのは、宝飾品用のトレイに置かれた黒真珠と赤珊瑚である。話したのは黒真珠だが、もしかしたら赤珊瑚も話すかもしれない。可能性を事前に切捨てないのは、多種族を束ねてきた彼らの基本姿勢だった。


 新種もすぐ承認し、滅亡すれば名鑑から削除する。ルールはいたってシンプルで、今回は地上ではなく海の生き物だっただけの話だ。真珠は宝石として分類されてきたが、今後は話せる真珠と意思のない宝石の真珠を区別する必要があるだろう。


「さて、準備できたぞ」


 全員が触れるよう、トレイの上に置いた指輪用クッションに鎮座した黒真珠に話しかける。何度か試した結果、黒真珠に触れた者を媒体として会話を共有できることが判明した。黒真珠に手を置くルシファーに皆が触る形で会話が可能だ。


「では始めよう」


 黒真珠に手を載せたルシファーを、周囲で魔王妃や大公達が掴んでいる。それも手を繋いだリリスを筆頭に、直接肌に触れる形だった。遠目にその様子を見てしまった侍女は「まるで何かに取り憑かれたようで怖かった」と語ったそうだ。


「海から逃げてきたと聞いたが、何があったんだ?」


 代表してルシファーが尋ねる。なお真珠側は誰が話しても聞こえているようで、触れる必要はないのだとか。口がないので念話に近い魔力を通じての声が届く関係上、普通に魔力を介在しない会話は聞こえるのだろう。耳もないはずなのに、随分と便利である。


『海で勢力争いがあり、負けました』


「真珠が戦うとなると、相手は?」


「ヒトデやウニじゃない?」


 ぼそっと捕食系の生き物の名を挙げるルキフェルは、片手に図鑑を持っていた。海洋図鑑だが、いつの間にそんなものを見つけたのか。魔族の争いが平定された一時期、興味を持ったアスタロトとルシファーが調査した結果をまとめた本だった。


 あの時は大量の海洋生物を陸に上げて調べたが、真珠は無機物、珊瑚は植物と分類している。その前提が覆る会話はさらに続いた。


『忌々しい、あのウミガメが戻ってきたのです』


 ウミガメ……海に住む亀と訳して間違いないとすれば、心当たりがあった。ベールの城の地下にいた霊亀である。彼は真っすぐ海を目指し、深海に消えていったはず。もしかしたら海に帰してはいけない生き物だったりして? たらりと冷や汗が伝うルシファーが確認する。


「亀が何をしたんだ」


『奴は悪魔です。私達の母体である貝をかみ砕き、踏みしめ、珊瑚をなぎ倒したのです』


 あ、うん。何となく想像がついた。魔の森を横断した時も似た感じだったし。遠い目になるルシファーの横で、ルキフェルが顔を引き攣らせた。素直過ぎる二人に対し、アスタロトとベールは感情を読ませない。曖昧な笑みと無表情の違いはあったが。


 どちらにも該当しないのがベルゼビュートだった。


「結局のところ、あれよね。昔ルシファーに負けた神龍族が謝らないで逃げたのと一緒……もごっ」


「ベルゼ姉さん、しぃ」


 がぼっと口と鼻を押さえられ、呼吸困難に陥るベルゼビュートが床に崩れ落ちる。リリスはそんな彼女に溜め息を吐いた。姉さんたら、いっつも余計な一言が多いのよね。自分を棚に上げる行為において、リリスに敵う者は魔族にいなかった。

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