135.爆発したのに、爆発じゃないかも

 魔王城の朝は騒がしい。いつものことだが、それ以上の騒動が起きた。


「大変、大変だよ!! ルシファー、リリス?! 早く」


 すごい勢いで駆け込んできたルキフェルが、寝不足の目元に隈を浮かべたまま扉を叩く。魔王の居室であり、魔王夫妻の私室でもある立派な扉が、ミシミシと音を立てて抗議した。


「どうした?」


 隙間を開けてすっと滑り出たルシファーは、いつも通りの黒い長衣姿だった。寝癖がつくことのない白い髪がさらりと流れる。部屋の中を見せないよう注意しながら、後ろ手で扉を閉めたルシファーは、扉に背を預けた。


「昨日の映像、確認したんだ! それで爆発が引き出し内で起きたことが分かって……ああ、もう伝えにくい! こっちきて」


 引きずるように連れ去られ、修復が終わったばかりの執務室へ入る。それから取り出した水晶を机に置いて再生した。アベル達日本人の知識をもらい、ルキフェルが作り上げた最新作だ。映像も鮮明でくっきりしており、大変観やすかった。


 アスタロトとルシファーの座る位置が通常と逆なのは、中身のせいだ。鏡写しのような奇妙な感覚で、ルシファーは昨日の映像を見ていた。


「ここ! ここから注意して」


 ルキフェルが促し指差した場所に注視する。一瞬で閃光が走り、画像が途絶えた。特に奇妙なものは写っていないかったと思う。


「わかった?」


「いや」


「もう一度よく見ててね」


 少し戻して再生される。直前のところで何かが光った。爆発の閃光より早い。その位置は、確かにアスタロト姿のルシファーの足元だった。もっと正しく表現するなら、執務机の引き出しに見える。


「もう一回いいか?」


「ちょっと待って」


 繰り返して二度確認したことで、確証が持てた。ルシファーは腕を組んで唸る。なぜこの発見が、早朝の魔王夫妻の寝室に押しかけるほどの「大変」な大事件なのか、理解できなかった。素直にルキフェルに尋ねるべきか。


「あのさ、防御魔法陣の内側で。それも一番厳重な最上階で爆発するのに、どうして自動排除機能が働かなかったと思う?」


「間に合わなかったんだろ……あ」


 そうだった。ルシファーが何度も自らテストをした。魔法で作った爆発を繰り返し、反応速度を調整したはず。ルキフェルも立ち合った。だから違和感を覚えたのだ。この程度の爆発で、どうして排除されなかったのか。


 通常なら外へ吐き出され、庭の上空で爆発する。一回目の爆発が起きた後、ルキフェルは防御魔法陣の構築状態を確認した。つまり異常はなかったのだ。ならば爆発できた理由は何だろう。


「これ、安全に関わる大事件だよ。もし魔法陣に僕らの知らない欠点があれば、この城に住む人の命に関わる」


「だが、オレが確認してもおかしくなかったぞ」


 専門家で凝り性のルキフェルはもちろん、広く浅く知識を持つルシファーも魔法陣を確認した。おかしいと思う場所はなかったし、あれば修正しただろう。何もおかしくないのに、正常に作動しない。ならば原因は、あの真珠や珊瑚の方にあると考えるべきだった。


「どこかへ隔離するか」


「カルンは問題ないんでしょ? じゃあ紫珊瑚以外を移動かな」


「頼めるか?」


「ベールの城の地下は危ないかなぁ……」


「あの城は貴重な幻獣が来るから、他に探そう。辺境の方がいいかも知れん」


 話し合いは一段落し、辺境を見回るベルゼビュートにいい場所がないか聞くことに決まった。危険を回避するため、取り出した黒真珠の箱と、珊瑚が残る宝石箱を結界で包む。


「あれ? どうして箱が無事なの?」


 ルキフェルの当然な疑問に、ルシファーが固まった。爆発はどうやって起き、何に作用したのか。すっかり元通りに直った執務机を振り返り、得体の知れない状況にルシファーは肩を震わせた。

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