134.イヴが……立った!?

 白い煙を払いながら現れたのは、ルシファーとアスタロト。当然の結果だ。問題は中身がどちらか……だった。


「ルシファー?」


「ん? けほっ、戻ったぞ」


 手で煙を払いながら咳き込むルシファーは、確かに純白の魔王の器に収まっていた。元に戻ったらしい。となれば、アスタロトも然り。ほっとしたルキフェルが笑った。


「安心したよ……ところで、どうして煙を払ってるのさ」


「煙いからだ」


 至極当たり前の返答だ。これが人族の会話なら、誰も首を傾げることはなかったはず。しかしルキフェルは後ろのベールを振り返り、彼の首が傾いているのを見て安心した。自分は間違ってない。


「あのね。自分の体なら結界張ればいいじゃん」


 あっと驚いた顔をしたルシファー、それはアスタロトも同様だった。体が入れ替わった状態で魔法を使うと激痛が走る。その事例を体験したり見たせいで、慎重になっていた。だが本来の体に戻ったなら、いつも通り遠慮なく結界で防げば済む話だった。


 二人とも大急ぎで結界を張る。普段から身に纏う結界なので、特に準備も魔法陣も不要だった。


「そうでしたね。すっかり忘れていました」


「その割には咳き込まなかったが」


「当然です。吸っていませんから」


 さらりと返されたアスタロトの返事に、ルシファーの顔が引き攣る。そうだった、吸血種は己の意思で呼吸を調整出来るのだ。煙を吸い込まないよう、息を止めたのだろう。ずっと止めたままにはできないようだが、アスタロト曰く「上位の実力者なら1日程度は問題ありません」とのこと。間違いなく己の実体験だろう。


「便利だな」


 他に言葉が見つからなくて、曖昧な表現で濁した。心の中では「ずるい」などの文句を並べるが、絶対に表情や声に出さない。魔王の表情筋は立派に仕事をこなしていた。


「水晶は無事かな」


 心配しながら煙が晴れない部屋に入り、窓を吹き飛ばして風を入れ替える。ぼんやりした視界の中で水晶を見つけて回収した。ひとつ行方不明だが、後にしよう。ルキフェルはうきうきしながら、割れていない水晶を抱えて歩き出した。


「戻りますか?」


「うん。解析するからね」


 そこに上司である魔王や同僚であるアスタロトへの心配はない。水晶にきちんと記録されているか、へ感情は向かっていた。いつものことなので見送り、駆けつけたリリスに微笑む。


「リリス、ただいま帰ったぞ」


「お帰りなさい」


 抱きついた妻の細い体を受け止め、黒髪の上にキスを降らせる。やっぱり自分の体でないとしっくりこない。些細な動きでも手足の長さや、爪の状態が影響した。なにより、前のアスタロトの姿でリリスを抱き締めることは許されない。


 自分が自分である幸せを噛み締めるルシファーは、頬擦りしながら背中に回された手に頬を緩め……。


「リリス、イヴはどうした?」


「お部屋よ」


「誰か付いているんだよな」


「アデーレがいると思うわ」


 曖昧な言葉に不安が増したルシファーが顔を上げると、廊下で夫アスタロトに何やら話をするアデーレの姿が目に入った。直後、リリスに断りなく転移する。もちろん彼女も一緒だった。


 執務室と私的な居室は離れているが、万が一があれば困る。そう考えたルシファーは、育児経験者として当然の判断をした。そして……思っていたのとは違うダメージを受ける。


「……イヴが」


「立ってるわっ!」


「映像を……残したか、った」


 がっくりと膝を突き項垂れるルシファーを他所に、リリスは掴まり立ちをした娘を褒めて、床に座り膝に乗せる。頬擦りする姿は母性が溢れていた。


「仕方ない。素直に娘の成長を喜ぶとしよう」


 落ち込んで浮上したルシファーは、娘を抱く美しい妻ごと抱き上げた。

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