136.危険物処理の押し付け合い
美しく賢い最高の妻と、掴まり立ちを覚えたばかりの愛らしい娘。どちらも守るために、大至急でベルゼビュートを呼び出した。何か起きる前に、珊瑚や黒真珠を遠ざけなくてはならない。
箱が無事なのに箱内で爆発したとしたら、異常現象だった。巻き毛にカーラーを付けたまま、不機嫌なベルゼビュートが現れる。足元は素足で、服も適当だった。普段のきっちりした姿が嘘のようだ。
まあ、大公や魔王は見慣れた彼女の姿に、特に何も思わなかった。多少アスタロトが苦言を呈する程度だ。
「きちんとなさい」
「だって、まだ業務時間前よ?」
「大公にそんな規定が適用されるとは知りませんでしたね」
アスタロトに反論を試みるが、撃破される。当然の結果に、ルシファーは肩を竦めた。一応勤務時間は7時間を最大とし、休暇は3日に一度与えることが定められている。だが適用されるのは、魔王城の使用人達だけ。
管理職は対象外だった。使用人と管理職の間で自分達の裁量で働くのは、侍女長のアデーレや侍従長のベリアルだろう。後は労働規定が適用される。大公は管理職の頂点なので、もちろん適用外確定だった。
「……労働環境の改善を求めるわ」
「わかりました。では明日から定時の仕事にして差し上げましょう。執務室で署名押印、それから計算書が大量に」
「っ! やっぱり今のままにしましょう」
書類処理が大嫌いなベルゼビュートは、辛辣なアスタロトの采配にがくりと肩を落とした。どうせ勝てないのに、毎回言い争いをする姿勢は感心する。
「遊んでいる暇はない。これを辺境のどこかに保管してくれ」
「珊瑚と真珠? ああ、先日のですわね。辺境じゃなくあたくしの収納ではダメですの?」
ルシファーに手渡された宝石箱を開けて、ベルゼビュートは不思議そうに呟いた。危険度が理解できていない証拠だ。通常は無機物ならば保管できる収納の亜空間は、時間が停止している。爆発物を保管したとしても、起爆しないのが通例だった。
「その場合、お前は辺境送りだぞ」
「なぜですの?」
「箱を壊さず、中の真珠だけ爆発するみたいなんだよね。それもさ、ルシファーやアスタロトの結界をぶち抜いて、中身を入れ替えるほどの衝撃がある爆発だよ? 収納に入れたら、出口のベルゼビュートも吹き飛ぶと思う」
淡々と見解を述べるルキフェルは、ベールが差し出した朝食のスコーンを齧る。たっぷりとバターを塗った紅茶のスコーンは、部屋にいい香りを漂わせていた。おそらく焼き立てだ。
この会議が終わったらすぐ、リリスと一緒に朝食を食べよう。スコーンもいい。イヴも離乳食の準備をしないといけないし。遅いくらいだったな。
現実逃避する魔王の耳に、争いの声が飛び込んだ。
「そんな危険なもの、寄越さないでよ!」
「危険だからベルゼビュートに頼むんだろ?! 僕の優秀な頭脳に何かあったら損失が大きいからね」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味だよ!」
子どもの口喧嘩に等しい内容に、アスタロトが仲裁に入った。
「まあまあ、落ち着いてください。ベルゼビュート、あなたは勘違いしていますよ。ルシファー様はこの危険な任務を誰に任せるか、悩んでお決めになりました。つまり、信頼の証です。断るなら私が」
「いいえ! あたくしが行って来るわ。魔王陛下の信頼ですもの」
ふふんと得意げにルキフェルを見やり、宝石箱を受け取って部屋を出ていく。巻きっぱなしの髪から、ひとつカーラーが落ちた。転がるカーラーに気付かぬまま扉が閉まり……落ち着いた部屋の中でベールがぼそりと呟く。
「あの単純さは本当に、心の底から感心します」
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