130.魂と魔力の複雑でシンプルな関係性

 魔力はあくまでも魂に従う。他人の体に宿っていても、それを魔法として放出して動かすには、己の魔力でなくてはならない。


 普段から魔法を使うことに慣れたアスタロトの行為は、他人の魔力を外から操るに等しかった。体内に宿る生命の証である魔力を、別の魂が弄る。その冒涜行為へ、魔王の魔力は全力で拒否を示した。


 魂を外へ追い出そうと動く。その激痛はアスタロトをして、声を殺せずに呻く程だった。額に脂汗が浮かび、ルシファーの整った顔が苦痛に歪む。驚くルシファーが駆け寄って、己の体に手を当てた。魔力をゆっくりと制御する。暴れ出そうとして背を切り裂く寸前だった魔力が、本来の持ち主の呼びかけに応えた。


 体は魔力を満たす器であり、魂は魔力を制御する指針である。魔法を教わる際に覚える基本を、実感として味わったアスタロトが、胸元を掴んでいた指を緩めた。きつく握り過ぎて折れた指が、あらぬ方角に曲がっていた。


「治癒は戻ってからにするか」


「すみません、あなたの体を痛めてしまいました」


 珍しく殊勝に謝罪をしたアスタロトに、ルシファーはけろりと返した。


「構わん、今痛いのはお前だからな」


 他人の重い体を纏い、その身を傷つければ痛みは魂へ伝わる。ルシファー自身は、痛そうだと思うだけで痛みを感じなかった。つまり、骨折の痛みを感じているのは、折ったアスタロトなのだ。


「随分と冷たいですね」


「戻ればすぐに治る程度の傷だ。それに魂を裂く痛みに耐える対価が、骨折程度なら安いぞ」


 からりと笑い、アスタロトに罪悪感を持たせまいとする。この気質は、ルシファー特有だった。姿が変わっても、魂や心は彼のままだ。変質していないことに、アスタロトは不思議な安堵感を覚えた。


「不思議な光景ですが、何事ですか」


 外へ出ていたベールが戻り、不思議そうに問う。慌ててルキフェルが説明を始め、リリスとベルゼビュートはソファへ移動した。口出しできる状態ではなく、現状を引っ掻き回しても先に進まない。順番通り事件を語ったルキフェルが、むっとした顔で唇を尖らせた。


「最近、妙なことばかり。それも僕がいなくても解決するなんて、面白くない」


 研究職としては、思う存分調べて解明したい。だが解決の方法がいい加減で偶然頼りなので、不満は募る一方だった。もちろん、このままでいいとは思わないが。それでも気に入らないと口にするくらいは、許されるだろうとルキフェルは甘えた。


 思う存分甘やかしてくれるベールが来るまで、ルキフェルも我慢したのだから。


「真珠だ」


 拾った白い小粒の何かは、イヴが持ち帰った真珠のひとつだった。慌てて机の引き出しを確認するが、宝石箱の中に真珠は残っていない。分けて保管した黒真珠と紫珊瑚は無事だった。他の珊瑚もすべて揃っている。消えたのは、真珠が一粒だけ。


 爆発の状況をもう一度思い出すルシファーは、ぽんと手を叩いた。


「爆発は足元から……だった。そうだ、真珠が原因だった可能性もあるぞ」


 爆発したから一粒足りない。その後の再現では、ルキフェルが爆発の規模を再現した。だから、真珠がひとつ残された。そう結論づけたルシファーが、手の上で小粒の真珠を転がす。


「試してもいいですが、もし違う理由だったら困りませんか」


 この真珠を爆発させる以外の方法でしか戻れない場合、吹き飛ばしてしまえば終わりだ。これが残された最後の一粒だった。黒真珠は魔力があるので、爆発に使えば大惨事になる。人殺しでもあり、同時に爆発規模が大きくなり過ぎた。


 同程度の爆発を再現するなら、魔力のない白真珠の方が確実だ。考え込む大公達をよそに、リリスは笑った。


「爆発させちゃっていいわよ」

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