129.やっぱり浮気じゃない

 爆発音がして、扉が吹き飛ぶ。爆発そのものはルキフェルの魔力を使用した。咄嗟に結界を張ったルキフェルが、執務室の外から問う。


「戻れた?」


「いいえ」


 アスタロトがルシファーの姿で残念そうに首を横に振り、隣でも入れ替わったままの魔王が唸る。アスタロトの顔で眉を寄せたところ、アデーレに辛辣な一言を浴びせられた。驚いたルシファーはともかく、アスタロトは気分を悪くした様子もない。


「皺が残ります、この人の取り柄は顔なのに」


 突き放したような言葉と裏腹に、優しい手で眉間の皺を伸ばす。ところが中身はルシファーだ。照れたところへ、リリスが叫んだ。


「やっぱり浮気じゃない」


「違う」


 アスタロトの姿で否定しても、様にならない。それでもルシファーは必死に無実を主張した。リリスも本気で疑ったりしない。ただ今の光景が気に入らなかっただけだ。他の人にはアスタロト大公夫妻がいちゃついたように見えても、彼女は違う。魔力が色で見えるリリスの目は、銀の魔力を持つ夫がアデーレに言い寄られるように映った。


 混乱する現場で、駆けつけてこないベールの存在に思い至った。


「そういえば、ベールはどうしたんだ?」


 もっともなルシファーの疑問に、ルキフェルが「今頃?」と笑う。


「外に出てるけど、そろそろ戻るよ」


 他人の体を借りた状態は、ひどく怠い。体調も悪いが、何より気分が重かった。早く戻らないと弊害が出そうだった。


「あぶぅ、だぁっ」


 手を振り回すイヴの声が、苛立ったように聞こえる。近づいたアスタロト姿の父ルシファーへ、イヴは「ぶぅ」と文句を投げつけるように唇を尖らせた。それからまた手を振り回す。


「……何かしら」


 リリスも気づいた。規則性のある動きは上から下へ振り下ろす動きで、真似たリリスが目を見開く。


「もしかして、無効化で戻そうとしてるの?!」


 赤子に状況が理解できているか、また無効化がこの異常事態に対応可能な能力か。どちらも不明のままだ。だがイヴの仕草は、その可能性を示した。


「入れ替わる時に何か、いつもと違うことはあった?」


 ルキフェルはうーんと唸りながら、質問を始めた。解決するために動き出す周囲に応えるべく、ルシファーも記憶を辿る。隣でアスタロトも考え込んだ。


 こうした爆発に巻き込まれたり、突然のアクシデントは何度も経験している。だが中身が入れ替わったことはない。普段と違う何かが起きたと考えるルキフェルの意見は、もっともだった。


「何かが、転がる音がしましたね」


 思い出したアスタロトが、純白の髪を鬱陶しそうに背に放った。長い髪は面倒なので切りたいが、他人の体なので我慢する。首の後ろから背に向かって何かが触れていると、誰かが後ろに立っているような気分だった。苛立ちと困惑で、頭がきちんと働いていない。


 同時に、ルシファーも腹の奥に潜む冷たい違和感に、舌打ちしたい気持ちを飲み込んだ。体内に別人が入っているようで、気味が悪い。異物を飲み込んだという点では、ルシファーの違和感は正しい。


 互いに早く戻りたいと思いながら、必死で直前の記憶を蘇らせた。


「確かに何かの音は聞いた」


「軽かったですね、それから何かに当たった音で爆発した気がします」


「その辺はまだ曖昧だが……」


 自動修復の魔法陣が仕事をした机周りを、しっかり確認した。床に手を突いた魔王と大公は、小さな粒に気づく。外の光を反射して微かに反射した。手を伸ばすが、机の足の裏で届かない。すぐに魔力で引き寄せた。


 衝撃で爆発するなら、爆発してみせろ。乱暴な魔法で引き寄せた瞬間、体中に走った激痛でアスタロトが崩れ落ちる。息が出来ないと錯覚するほどの痛みだった。

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