127.似合わなさ過ぎて違和感

 イヴが飲み込みかけた黒真珠、カルンと思われる紫珊瑚。その二つに関して、ルシファーはきちんと対策を講じた。両方を分けて箱に入れ、引き出しに保管したのだ。しかし残りをすべて一つの箱に混ぜてしまった。


 誰もそれを指摘せず、また魔王本人も問題あると考えなかったが……騒動はこういった場所から発生する。


 魔力がほぼ感じられない真珠や珊瑚だが、寄せ集まればバカにできない。そもそも、イヴが持ち帰ったのだ。何らかの理由があると考えるべきだった。後悔はいつも後から訪れるが、今回は幸いにも道連れがいた。



  ドン!



 派手な爆発音が響き、ルシファーはもちろんアスタロトまで影響を受けた。


「びっくりした」


「本当です、何事ですか」


 部屋にあった棚や机は、すぐに修復されていく。城の自動修復の対象だった。数枚の書類が間に合わず灰になったが、ほとんどは結界内だ。


「ちょ! 今の騒動はなに?」


 飛び込んだベルゼビュートへ、ルシファーが声をかける。


「ベルゼ。何が起きたか調べるから、ルキフェル呼んで来てくれ」


 だが口を開いたのはアスタロトだった。口調も呼び方も違うと目を見開く。立ち尽くすベルゼビュートへ、アスタロトが腰に手を当てて溜め息を吐いた。


「聞こえませんでしたか? ルシファー様のご命令ですよ」


 その声はルシファーのものだ。そこでお互いに違和感を覚えた。長く足元まで届くはずの髪がなく、やたらと軽い。恐る恐る触れたルシファーは、髪が肩の辺りまで短くなっていると青ざめた。


 そんな己の姿を凝視して、鬱陶しい長さの純白の髪に覆われた肩を落とすアスタロト。鏡を見るまでもない。二人は入れ替わっていた。


「爆発の衝撃でしょうか」


「だったら、もう一度爆発させよう」


 とんでもない発言をしたアスタロト姿のルシファーに、魔王の顔でアスタロトが説教する。混乱する状況に、ベルゼビュートは無言で部屋を出た。扉を閉めて、ひとつ深呼吸して中を覗く。だが言い合いをする二人は、やはり入れ違ったままで。


「きゃぁあああ!」


 今になって、ようやくベルゼビュートが悲鳴をあげた。その声に釣られるように集まった人々は、部屋の中の状況に唖然とする。勘違いのしようもないほど、魔王と大公は彼ららしかった。口調も話し方も、選ぶ言葉に至るまで、何もかもが違う二人だ。すぐに問題が起きたと理解した。


「やだ、爆発? え、ベルゼ姉さんたらどうしたのよ」


 座り込んだベルゼビュートを見て、腰が抜けたと判断できずにリリスが首を傾げる。扉に集まった人々を押し退けながら中に入るリリスは、目の前の状況に眉を寄せた。


「ルシファーの銀の魔力がアシュタから溢れてて、アシュタの赤い魔力がルシファーに……これって」


 入れ替わりじゃない! そう叫ぶと思った侍従や侍女は、リリスのとんでも発想に青ざめた。


「浮気じゃない!」


「「「え!?」」」


 一斉にリリスに視線が集中する。愛娘イヴを抱いて、ぷりぷりと怒る魔王妃殿下。愛らしいのだが、先程叫んだ内容が問題だった。どこをどう見たら、魔王が大公相手に浮気したと判断できるのか。


「リリス様、あれは中身が入れ替わってますわ」


「……ああ、それで魔力の色がおかしいのね」


 色で魔力を判別するのは、現時点でリリスのみ。そのため彼女が何を持って浮気と判断したのかは、誰も理解できなかった。


「魔法陣に衝撃が……っ、あれ……」


 異常を察知して飛び込んだルキフェルは、まだ説教を続けるルシファーと大人しく聞くアスタロトの様子に、傾くほど首を傾げた。しばらく観察し、ぽんと手を打つ。


「なんだ、中身が逆みたいじゃん」


「逆なのよ」


 冗談めかした発言を、ベルゼビュートに肯定されたルキフェルは、目を輝かせた。この魔王城にいる限り、彼の好奇心を刺激する事件は次々と訪れるようだ。

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