126.夫婦仲は微妙なバランスの上に

 イヴの魔力を封じ、定期的に取り出すこととなった。取り出すこと自体はルシファーも可能だ。イヴの魔力そのものが無効化の効果を持つのではなく、彼女が意思を持って振るうことが原因だった。


「少しの間、不便よね」


 よしよしと撫でるリリスに「赤子は魔法を使わないから不便ではないと思う」そう伝えようとして、ルシファーはやめた。余計な一言は、夫婦関係の亀裂になる。


「リリスとオレがいるんだ。大丈夫さ」


 根拠のない保証に、リリスは大きく頷いた。どうやら言葉の選択を間違わずに済んだらしい。ほっとしながら、妻を抱き寄せる。その腕に身を任せたリリスが、突然慌て始めた。


「大変! ルカ達と約束していたのよ。ちょっと行ってくるわ」


「あ、ああ……気をつけて」


 新しい保育園絡みのようだ。すうすうと寝息を立てるイヴを抱いたまま、リリスは部屋を出て行った。執務室に取り残されたルシファーは、溜め息をついて席に移動する。机の上に積まれた書類を、黙々と片付け始めた。


 アスタロトは肩をすくめて書類処理を手伝い、ベールとルキフェルは顔を見合わせる。男性陣はルシファーの心境を慮って無言だったが、ベルゼビュートは失言をぽろり。


「あらぁ、夫婦関係うまく行ってないの?」


 魔王の麗しい顔が引き攣り、次の瞬間、ベルゼビュートは窓の外へ投げ飛ばされた。悲鳴をあげているが、建物から外へ出た時点で、きちんと着地するのは分かっている。


「はぁ……ったく。ベルゼの無神経さは誰に似たんだ」


 3人の視線は、ぼやいたルシファーへ集中する。それを無視して文句を並べながら、片っ端から書類をチェックし始めた。ルシファーが自ら書類仕事をするのは珍しいため、誰も邪魔しようとしない。


「僕は研究があるから」


「私も軍の指揮系統の見直し中ですので、また後でお伺いします」


 さっさと逃げ出した大公2人を見送り、肘を突く。ちらりと視線を向けた先で、金髪の美青年は淡々と書類を仕分けていた。


「なあ、夫婦仲が悪く見えるか?」


「これ以上ないほど良好だと思いますよ。先程の言動も、リリス様らしいと笑うくらいがあなたらしいのでは?」


「そうだよな」


 魔王妃としての仕事や振る舞いを求めたのは自分だ。それなのに、リリスが自分の知らない仕事を入れていたことにショックを受けるなんて。自分勝手すぎる。少しだけ寂しい気持ちに蓋をして、ルシファーは再び書類に立ち向かった。







 それぞれに己の子を同伴しての新保育園視察に、ルーサルカとレライエが同行した。イヴを通わせるのと同時に、彼女らの子も通わせるのだ。ルーサルカは次男のリンを、レライエも琥珀竜のゴルティーを抱いている。


 迎える側は、学校関係の統括官を務めるシトリーだった。


「ここが完成した保育園です。すでに一部の部屋は子どもを預かっています。種族の垣根なく、一緒に過ごさせる方針ですが、現時点で問題は発生していません」


 しっかりした口調で状況を説明していくシトリーの後ろを歩きながら、リリスはいくつか質問をした。愛用の玩具の持ち込みは許されるか、着替えやお昼寝用品はどのくらい用意するべきか。何より緊急時の対応方法だ。それらをシトリーは笑顔で返答した。


 玩具の持ち込みは可能だが、破損や紛失の責任は取れないこと、着替えは常に2セット、お昼寝は男女別で柔らかベッドに雑魚寝を予定していること。トラブル発生時は、この保育園に自動的に魔法陣が展開することなど。他にも新しく取り組む給食制度や、言語教育も取り入れる予定だと話した。


「すごく良くできてるわ」


「安心できそうね」


 ほっとした顔のルーサルカに、リリスも同調する。魔王城の敷地内という、もっとも安全な土地の上に立つ保育園だ。何かあれば、魔王城からの救援もある。他にも入園予定の子どもを連れた父親や母親が来ていたが、一様に安堵の表情を浮かべていた。


 人気が出て、入園希望者が殺到しそうな予感に、シトリーは満足そうな笑みを浮かべた。

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