125.選ばれたのは銀髪美形でした

 幸いにしてイヴの骨折は肋骨1本のみ。命を助けてもらったので文句も言えない。だが痛みで不機嫌になったイヴは、顔を真っ赤にして泣いた。肋骨が折れているのにのけ反って泣くので、慌てて両腕で支え直す。折れた骨が変な場所に刺さったら可哀想だ。


「ルシファー、早く治して」


「分かってる、リリス。だがイヴが弾くんだ」


 無効化を全力で発揮する。仕方ないので、ベールに頼むこととなった。神獣などを管轄する彼は、鳳凰の治癒能力と再生能力を持っている。


「悪いんだが、骨折を治してくれ」


「私が折ったので当然です」


 あっさり治してもらえたイヴは、ご機嫌で「あぶぅ」と笑う。その頬が涙で濡れていても、赤子の機嫌は急変する天気と同じなので気にしない。だが大きな問題が発覚してしまった。


「今後、子育てにおいて……この無効化は困りますね」


「ああ、危険な時に結界を張ってやることも出来ない」


 困惑したアスタロトにルシファーも深刻な顔で頷く。


「すぐに大きくなって制御できるんじゃないかな」


 無責任な発言をするルキフェルだが、イヴは魔王夫妻の子だ。成長に時間がかかったとしたら、その間にどれだけ危険があるか。ベールに指摘されてルキフェルも深刻さに気付いた。


 いざという時に、最強の魔王が守り切れない可能性がある。それだけではなく、戦いの最中にイヴを抱いていたら、攻撃や防御がすべて無効になってしまう。無防備になり魔力や魔法で己を守れなくなる恐怖に、ルキフェルはぶるりと身を震わせた。


 無言で考え込むアスタロトの顔が怖いので、よからぬ方向へ向かっているようだ。ルシファーはからりと笑って提案した。


「誰かがイヴの魔力を封じるってのはどうだ?」


 凄い顔で全員に凝視され、ルシファーは居心地の悪さに「ごめん」と謝った。魔族なのに魔力を封じるとか、人でなしの発言だったかも知れない。その辺の機微に疎い自覚があるルシファーは縮こまった。


「素晴らしい案ですね。それにしましょう!」


「そうだよ、魔力が外に出なければ無効化できないじゃん! 天才の発想だよ」


「陛下がまともな案を出すなど、明日は台風でしょうか」


 目を輝かせたアスタロトに続き、ルキフェルが手放しで褒める。気分を良くしたルシファーに、ベールがぐさりと辛辣な言葉を突き立てた。むっとした顔のルシファーを無視し、誰が魔力を封じるか話し合う大公達。


「母親だし、私が……」


「リリスも無効化の対象だぞ」


 忘れているようなので、しっかり現実を突きつけた。あっと手で口を押さえた様子から、本当にすっぽり抜けていたらしい。


「そうね。だったら、誰に頼もうかしら」


「ベールかベルゼビュートが適しているでしょう」


「僕は無理」


 アスタロトの提案とルキフェルの辞退が重なる。精霊女王のベルゼビュートも、幻獣霊王のベールも、封印に関する能力が高い。期待の眼差しを向けるルシファーに、銀髪の青年は頷いた。


「わかりました」


「あたくしがやるわ!! 完璧に封じてみせるわよ」


 自信満々で飛び込んだベルゼビュートが、大きな胸を揺らして笑みを浮かべる。まだ息を切らしているところを見ると、近くで盗み聞きしていたのだろう。駆けてきた彼女をじっくり見て、リリスがルシファーの純白の髪をひと房引っ張った。


「なんか不安だわ」


「奇遇だな、オレもだ」


 ひそひそと交わされる両親の声に反応したのか、イヴはベールに向かって手を伸ばした。


「立候補してくれたのに悪いんだが、イヴはベールが言いそうだ」


「……なんてこと。この年齢でもうベールの魔性に惑わされるなんて」


 ショックを受けたと顔に書いたベルゼビュートが、問題多数の発言を零し……あっという間に非難の嵐に巻き込まれた。ベールはそんな魔性じゃないと否定する養い子ルキフェルに続き、頭が足りないんですかねとアスタロトに貶される。当事者のベールは平然としていた。


「魔王陛下のご息女に選ばれたのは、私ですから」


 得意げにぐっさりと釘を刺され、ベルゼビュートはベールの前に崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る